夜を導く光、それは赤い極道でした。
Lux10:右手

【第1話】その傷の名は、君。



 それは、まだ名もなき夜に
 交わした約束──

 誰にも言わなかった想いが
 ひとつずつ、かたちになっていく。

 きみが笑った、そのときから
 もう、止まらないんだよ。
 
 
 ────
 

 深夜の壮絶な事件を終えて一先ず屋敷へと帰ってきた澪たちは、とりあえず休むようにと龍臣に言われ各々部屋へと戻った。

 その際、千代子のところに信昭がきて冷たい微笑みを浮かべたまま手を取って行く姿や、心配して血相を変えた松野を忌々しそうに睨む栞が一人でスタスタと部屋へと戻るのを必死で追いかける姿があり、それをぼんやりと眺めて澪は彼らを見送る。

 どちらも歪なはずなのに。絆は壊れない。離れるようなことは……ない。

 ──それが、ここで生きる覚悟なのだと、見てわかる。
 

「澪、おまえは救護室だな」

「……へ?」

「首の怪我、うちにいる医者に診てもらえ」

 龍臣に指摘され、そういえば、怪我をしていたと澪はハッとする。片手でずっとハンカチで押さえていた首。そのハンカチの持ち主は、現場の後処理があるからと……ここにはいない。

「久我ちゃん、澪のこと頼むな」

「ああ」

「澪!ちゃんと痛いところは正直に言うんやで?」

 龍臣に指示されて久我山が頷くその横で、すかさず凛が澪へ心配そうに声をかける。澪は、凛もボロボロなのに、優しさを向けられるから……たまらず、眉を下げた。

「なんや?やっぱ痛いんか?」

「ちがい、ます……」

 痛い、頬じゃない。心が、いたいっ……。

 負い目から、自然と俯いてしまう。何もできずに迷惑をかけて、それなのに心配されてしまう自分自身のことが、澪は情けなくなる。

 真次郎に対しても、そう。彼が言ったことは全て本当だから……何も応えられなかった。


「澪、顔あげぇ」

 俯いていた澪に凛がかける言葉は、()()。いつでも、暗くなる心を引き上げる。

「ええか?澪。しんどい時は笑うんや」

 勝ち気な笑みを浮かべる凛に澪は目をパチクリさせた後、同じように笑う。

 それは、ぎこちなくも前を向こうとする意思を感じるもの。そんな澪の頭を凛は撫でて、龍臣と共に去っていく。

 本人もボロボロだから相当辛そうで、龍臣にお姫様抱っこされているのを目にすると、澪はなんだか胸がほっこりした。

 やはり、どこもしっかりとお互いが離れずにいようとしている。これが、ここで生きると決めた人たちの愛の形。

 自分にはない、覚悟。


「おい、行くぞ」

「くーちゃん、私は……本当に()()だったんですね」

 澪の呟きに久我山は何も返さず、ただ澪の背中を押して救護室へと連れて行った。


 ******


「んー……ちょっと縫えば大丈夫だねこれは」

「え!縫うんですか?」

 屋敷内の救護室は、いわば簡易的な病院のようだった。久我山に聞いたところ、病院じゃ診れないような怪我を主に治しているとか。

 詳しく聞こうとしたが「おまえは知らなくていい」の一点張りで叶わなかった。

「……かすっただけ、だとばかり」

 そう呟いた澪の声は震えていた。
 ふと、手元に目を向ける。傷に押し当ててきた白い布には、赤がじわりと滲んでいた。

「うん、パックリ綺麗に切れてるからね」

「こんなに少量なのに?」

「首は浅くても切れれば危ない。出血の量じゃなく、止まらない場所なんだ」

 澪の前に座り気楽そうな態度を保つのは年老いた医師。穏やかな声音でテキパキと澪の怪我を診て、治療をしていく。

「私、手術なんて生まれてこの方したことありません」

「おや、それはラッキーだね。最初が僕だなんて」

「それは、すごくお上手……という意味での?」

「僕の手術はねぇ、魔法だから」

 楽しそうに器具の準備をしながら唱える医師に澪は首を傾げる。そして、助けを求めるように隣に控える久我山へと視線を向けた。

 それを受けた久我山は、澪の頭をポンと撫でる。

「大丈夫だ。麻酔してっから。縫われてる感覚味わえんぞ」

「それが、魔法ですか?」

「まあ……おまえにとっちゃ、なかなかない経験だろ」

 肯定を意味するような素振りで返した久我山に、澪は少し悩む。麻酔をしているといっても、もし痛かったらどうしようか。それは御免被りたい。しかし、せっかくの手術経験はしておきたい。

「なーに。チクチクっと縫うだけだから」

 不安がっていると思ったのか、優しい笑みを浮かべる医師。澪は頷いて、身を任せることにした。

「表面に麻酔して、局所麻酔していくねー」

 注射を用意していく医師。あれが刺さるのか首にと澪はまじまじと見つめる。

 そういえば、極道の人たちは注射は怖がらないものなのか。もっと大きな怪我をするような人たちだから、こんなのは痛くもなんともないのだろう。ならば、怖がりもしないか。

「くーちゃん、注射は怖くないです?」

「あ?平気だよ。んなのびびる奴いねぇ……あー、いたな」

「え、極道の人ですか?」

「真次郎」

 その名を聞いて澪はドキリとした。手の中のハンカチを思わずぎゅっと握りしめる。

「あいつ、痛いってすぐ騒ぐからな。ちょっとでも擦り傷作ったらうるせーのなんのって」

「へぇ……意外です。極道の世界にいる人だから、そんなのは気にもしないとばかり」

 呆れるように久我山が言うのに対して、澪は思ったままに返した。いつだって危険と隣り合わせに生きているのに、痛みに弱いなんて……それなら、彼にとってこの世界はさぞかし生きにくいのではないかと、ここにはいない真次郎のことばかり考えてしまう。

 そういえば、今日は怪我をしていないだろうか。いつ戻ってくるんだろう。でも万が一顔を合わせたら、また辛い表情をさせてしまうかもしれない。

 

「だから、おまえのその怪我。あいつにとっては自分のことみたいに痛いって思ってんだろうよ」

 

 思考の途中で久我山から飛び出た発言に、澪は目を丸くした。この怪我が、そういう意味でも苦しめた材料となったのなら……やはり、合わせる顔はない。

「私は、ジロを苦しませてばかりですね」

 助けてもらったのに。返すものは全て彼の望まぬ形となる。笑って欲しいのに、また一緒に話がしたいのに。きっとそれももう、難しい。

「さぁーて、じゃあ始めていくよ」

 準備を終えた医師の言葉で澪は意識を目の前のことに戻した。いまさら、何を悩んだところで意味がない。

「お願いします」

「うん、じゃあまずは────」



 ────


 血を見たとき、
 息を呑んだのはわたしより君だった。

 この痛みが、
 君の心を裂いていないことを祈る。

 わたしの傷口より、
 君の瞳が、
 痛そうで、たまらなかった。
 

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