夜を導く光、それは赤い極道でした。
Lux16:悪役

【第1話】いつも、探してる


 運命なんて きっと ただの偶然の連なり
 なのにどうして 選んでしまうんだろう。

 差し出されたのは たった一枚のコイン
 裏か表か──それだけのはずだったのに。

 笑顔の奥にある 静かな“ちがい”に
 気づいてしまった日から
 何かが 少しずつ狂っていった。

 願いは 叶う。
 けれど 代償がない夢なんて この世界にはない。

 光を信じて差し出した“やさしさ”が
 誰かの闇を 深く濃く染めてゆく。

 ──それでも
 あのとき、傘を差し出した私は
 きっと、まちがってなんかいなかった。


 ────
 


 朝の光が柔らかく差し込む面影庵(おもかげあん)の屋敷。
 食堂には湯気の立つ湯呑みと、片付けられた朝食の名残。松野(まつの)が食器をまとめながら、ちらと横目で(みお)を見た。

「……澪は今日も真次郎(しんじろう)探し?」

 ふいに問われて、澪はくるりと振り返る。瞳に少しの期待と、少しの照れが滲んでいる。

「はい。今日はどちらでしょう?」

 真次郎が退院してから、澪は彼の跡を辿るようにその姿を追いかける。屋敷内では、もはや当たり前のこととなってきたそれ。

 ジロを見つけたい。ただ、それだけなのに。
 この広い屋敷のどこにいるのか、それを知るだけで、心が少し落ち着く──
 
 松野は口元に笑みを浮かべて、軽く手を拭った。

「うーん……今日は庭で軽く歩いてると思うよ?」

「なるほど、それでは行ってきますね」

 澪は小さく会釈すると、スカートを翻して意気揚々と台所を出ていった。
 澪はその背中を見送りながら、静かに笑った。まるで春の小動物のような後ろ姿だった。

 しかし、庭には真次郎の姿はない。

 澪は首をかしげ、小さくうーんと唸ると、屋敷内を再び探しはじめた。


 ******
 

 長い廊下を歩きながら、澪の視界に入るのは見慣れた広い背中。そこに向かって声をかけながら近寄る。

「くーちゃん。 ジロはどこです?」

 スマホを見ていた久我山(くがやま)が、顔を上げて振り返る。呆れたような顔を浮かべ、そして質問に即座に返した。

「またか。あのなぁ、毎回探すならリードでもつけとけ」

「それだと犬と飼い主みたいで、ジロが哀れです」

「いや、どっちかつーとおまえの方が犬だな。キャンキャン吠えてうるせぇ」

「酷いですね。賢いワンチャンですよ、私は」

 久我山が小さく吹き出した。澪はなぜ笑われたのかと不思議で首を傾げるが、久我山はそのまま「あんまうるさくすんなよ」と言い、歩き出そうする。

「一緒に探してくれないんです?くーちゃん私の護衛でしょう?」

「今日はおまえ屋敷から出ないだろ。俺も暇じゃないんだよ」

「私の護衛が最優先事項ではなかったんです??こんな広い屋敷でひとりぼっちだなんて、迷子で泣いてしまいますよ」

「いろんな奴に気軽に声をかけるくせに何言ってんだ。屋敷内なら、もうつきっきりじゃなくて平気だろ」

 久我山の言葉に澪は泣き真似をやめて、表情を明るくする。

「それはつまり……自由!そういうことですね」

「おまえが言うと不安しかねぇけど。ま、外出るなら連絡しろよ。わかってんな?」

「はい。必ずや」

「そう言って3回も勝手に抜け出してんのは誰だろうな」

「ええ、そんな逃げ足の早い方がいるんですね。お会いしてみたいものです」

「おまえだよ」

 呆れたため息を吐いた久我山を呑気に見送り、澪はまた歩きだす。

 ******


 廊下を曲がると、龍臣(りゅうしん)(りん)に出会った。

「お、澪。朝から元気だな。……またかくれんぼ?」

「はい。なかなか姿が見つけられません」

「廊下は走ったらあかんで、澪。品がないわ」

 両手をあげて“やれやれ”という感じの澪に凛が優しく諭す。着物を身に纏う凛は、今日も美しい。

「なんと……それは困りますね。素敵なレディになるために気をつけます」

「ええ心掛けや」

 素直な澪に、にっこりと微笑む凛。

 ──が、龍臣(りゅうしん)が突然思い出したように言った。

「あれ? 凛ちゃん、他の組の奥様方と会うって言ってなかった? だから朝イチ美容院……」

「ほんまや! あかん!」 

 大声共にドタドタと全速力で廊下を駆けていく。澪は呆然とその背中を見送った。

「……品、どこ行きました?」

 澪の呟きのようなツッコミに龍臣(りゅうしん)が腹を抱えて笑っていた。


 ******


 次に出会ったのは千代子(ちよこ)だった。
 淡い色のワンピースを着て、大広間のソファーでコーヒーを飲んでいたところだった。

「澪ちゃん、大急ぎでどこ行くの?」

「千代子ママ、ジロ見ませんでした? あの中もその中も、探したけど見つからないんです」

「ふふ、真次郎くんは隠れるのがうまいのね」

 澪はほぅとため息を吐く。そんな澪に千代子は、チョコを取り出して澪へと渡す。

「おいひいれす」

「よかったわ。まだ食べる?」

「はい。チョコ食べます」

「真次郎くんは、いいの?」

「チョコの前ではジロ探しも一旦休みですね」

  ──なんて冗談を言ってみせる。 
 甘さで、空っぽの間を埋めるように。

 澪は口を開ける。千代子は微笑みながら、そこへチョコを一粒放り込む。気づけば何個も食べていた澪は、そろそろと千代子に別れを告げて、さらに奥へと歩を進めた。


 ────

 呼びかけるたび、
 声が心を追い越していく。

 見つけるために探すのではなく、

 確かめたかっただけ。

 あなたが、ここにいるということを。
 


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