夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第2話】見つけたものと、まだ見えないもの
澪は栞の部屋にも顔を出す。ノックをしても出ないのはお決まりで、呪文を唱えるとワンフレーズで顔を出した。
「栞さん、ジロ来てます?」
「来るわけないでしょ」
「ここにもいませんか……。まさか、宇宙人に攫われた……?」
「普通に避けられてるだけでしょ」
「え!? 私、避けられてます!?」
「知らない」
言葉数少ない態度の栞を澪は気にもしない。ただ、ペラペラと勝手に喋るだけ。
「避けられてるのだとしたら……見つけたらずーっと隣で『なぜ避けるのか』を質問しなければなりませんね。壊れたラジオのように」
「なにその変な例え」
「ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ね、ね、ねぇぇぇぇぇ」
「やめなさいよ! ただのホラーだから!!」
栞の叫ぶようなツッコミ。それを聞きつけた松野が「栞さん!!!?どうしました!!」と屋敷の廊下を猛ダッシュしてきたその姿を見て、澪は本当に“犬”だと思った。
栞に「うるさい!」と言われる松野を放置して、澪は次へと向かう。
******
最後に出会ったのは、信昭。廊下の向こうから悠々と歩いてくる姿。澪は小走りに駆け寄る。澪が向かってきたからか、信昭は少し足を止めて澪を見下ろした。笑みを浮かべたまま。
「澪ちゃんじゃない。真次郎なら、さっき向こうの方で見たよ」
「なぜ私がジロを探してると……? エスパーですか?」
「実はそうなんだよねー。ってのはまあ冗談で。澪ちゃんが屋敷中の人間に尋ねてるから嫌でも耳に入ってくるんだよ」
「それはそれは、私の近況をみなさんが把握してる。素晴らしいことですね。迷子にはならなそうです」
「屋敷内で迷子とか笑えるね。……心は迷ってそうだけど?」
「え? そう見えます?」
「……うん。真次郎に会ったらチョコかアイスかで迷ってるんじゃないー?」
「確かに。朝のおやつは慎重に選ばないといけませんね」
「そうそう。全部見えてるつもりでも、目を閉じて歩いてることってあるからさ。慎重に越したことはないね」
信昭はふっと笑って、背を向けた。その目は、何かを含んでいたが……そのまま澪は振り返らずに去っていく。
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そして――ようやく、見つけた。
屋敷裏の小道。
風に揺れる竹垣のそばで、真次郎が一人、手すりに寄りかかって空を見上げていた。
「見つけましたよ、ジロ!」
澪の声に、真次郎が少しだけ驚いた顔で振り返る。
「……おまえ、本当しつこいな」
「かくれんぼは私の勝利ですね!」
「勝手に一人で始めて、何言ってんだ……」
怪訝そうな顔でため息をつき、歩き出そうとする真次郎の袖を、澪がぱっと掴んだ。
「あ!どこ行くんですか。ジロ、今度は追いかけっこです?」
「違う」
「もう逃がしませんよ。はい、これで捕まえました!」
真次郎の手を、両手で包み込むように握る澪。真次郎は戸惑いを隠せず、そっと手を引こうとするが──澪の力は、案外しっかりしていた。
「……離せよ。しつこい女は嫌われるぞ」
「じゃあ好かれる女は……掴んだら、放しませんよ?」
澪は真面目な顔のまま、けれど揶揄うような声のトーン。真次郎は顔を赤らめて、澪の額を軽く指で弾いた。
「ばぁーか」
******
午後の陽が傾きはじめた頃。
面影庵の屋敷、その一室──澪の部屋には穏やかな静けさが流れていた。
部屋の真ん中に置かれたローテーブル。その上には、一枚の金色のコイン。
表にはギリシャ文字の「Ω」。裏には、英字で刻まれた「FATE」の文字。
澪は膝を折り、そっとコインに触れる。
その表面はまだ少し冷たく、でも──どこか、あたたかかった。
「……お守り、みたい」
つぶやきながら、細い黒い紐を通して、コインを首飾りに仕立てていく。
金属の感触に、指先がかすかに震える。けれど、澪はそのまま笑った。
“幸運”は、目に見えない。
だから、せめて──触れられるように。
できあがった首飾りを胸にかけると、澪は手のひらでそれをそっと包む。
「……これで、大丈夫」
その小さな声に、誰も気づかない。
でも、それは確かに──彼女自身のための、願いだった。
────
探すことは、
ただ、“そこにいてほしい”という願い。
触れることは、
“消えない”って、
自分に言い聞かせる方法。
見つけたはずの手のひらで、
ほんとうは、確かめている。
「ある」と信じたいものを。
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