夜を導く光、それは赤い極道でした。
Lux2:極道屋敷

【第1話】朱雀の面と恋人繋ぎ



 扉の向こうにあったのは、
 夜に溶けた夢か、それとも現か。
 この屋敷で、誰が獣で、誰が人か。
 ただひとつ確かなのは、
 “面”をつけたとき、誰もが「何か」になる──。


 ────

 
 古風な屋敷の門を潜り抜ければ、暗がりでも品よく足元を照らすように配置される洒落た灯り。外界とは少し違う雰囲気を放つこの空間。

 (みお)が読む小説のように、非現実的な世界がそこにある。

 心は新しい扉を開くようにワクワクし、視界に入る全てが物珍しくて仕方がない。

 ふと、澪は目の前を歩く真次郎(しんじろう)の腰に注目した。ベルトにつけられているのか、ゆらゆらと揺れる赤い物。

「ジロ、さっきもつけてましたが、それなんです?」

「あ?ああ、これ?」

 真次郎はそれを腰から外して手に取ると顔につけて、澪へと振り向く。

「っ……わぁ」

「どうだ?びびったか?」

 そこには、朱雀の形を赤いお面にしたものを装着する真次郎がいた。澪は一瞬驚くも、興味津々でペタペタと触りだす。

「なんです?これ、すごいですね。よくみたら、豪華じゃないです?」

「そうだよ。てか、あんま触んなよ汚れんじゃん」

「これは、なんのためにつけるんです?やっぱりさっきみたいに敵とのバトルの時です?それとも仮面舞踏会か何かですか?」

 話を聞いてはいない澪にため息を吐き、真次郎は触るその手を掴む。そして、顔をぐっと近づけた。

「最重要の仕事中につけるんだよ。相手を()()時に、な?」

 少し面をズラして口元に弧を描く。月明かりに映える赤の面。この世のものではないオーラを醸し出す真次郎に澪は息を呑む。

「──なに?俺が怖い?」

「……いえ」

「手、震えてんけど?」

 澪は指摘されて初めて自身の震えに気づく。目の前にいるのは自分を助けてくれた人なのに、面をつけたその姿は、まるで別人。

「あの、ジロ……」

「ん?」

「私のことも、その……消しますか?」

 絞り出した声音は恐怖というよりは疑問を問いかけるもので、逆に真次郎の方が目を丸くする。

「……んなわけねぇじゃん」

 そう呟くと、澪の手を離して面を腰のベルトにつけ直すと前を向いて歩き出す。真次郎の背を追いかけながら澪は、消されないことへの安堵というよりは消されるとしたらどんな風にされるのか?という方に意識が向いていた。

 しかし、それを聞いても答えてはくれないのだろう。先程の真次郎の雰囲気は、今まで会話をしていたものとは少し違っていたから。
 
 “踏み込むな”

 そう、警告しているものだった──。

 

 真次郎の後に続きながら、澪は屋敷内を散策する。といっても、キョロキョロと辺りを見回すのは自分だけ。真次郎は何か目的があるのか、迷うことなく進んでいく。

「あの、ジロ」
 
「んー?」

「ここ、中も立派なんですね」

「まあ、ここいらの頭張る人が住んでる場所だからな」

「ボスですか、おっかないですね」

「銃向けられてんのに、俺に担がれて呑気に感想漏らしてた奴のセリフじゃねぇな」

 真次郎は助けてくれた時と同じ空気に戻っていた。澪の問いに、返してくれる声音は先程の殺伐としたものは感じない。

「怖いとか言ってましたよね、私」

「すごっ!映画みたい!って目キラキラさせてぞ」

「顔見えないのにわかるんですか?目後ろについてます?妖怪?」

「声でわかんだよ、あーもお……おまえと喋ると調子狂う」

 真次郎がため息を吐いてるが、澪は気にはしない。それどころか、何か珍しい置き物があると立ち止まり観察していた。

「おい、ぼーっとすんなよ」

「これ、すごいですね熊ですか?」

「触んなよ。おまえが内臓売んねぇと無理な額だから」

「私の内臓と同額の熊の置き物。つまり、そういうことですね」

「んだよ」

「いや、じゃあここに私の内臓飾れるのかと思いまして」

「ねぇわ!」

 つっこまれても尚「えー?」と動かない澪に苛ついたのか、その手を取り真次郎は廊下を歩く。澪は手を繋いでいる状況に、これは噂の恋の始まり?と最近ハマっているネット小説を思い出すが、なんだかイマイチぴんとこない。

「ジロ、ジロ」

「なんだよ」

「どうせ繋ぐなら、恋人繋ぎにしてください」

「はぁ?」

「恋がはじまるかもしれません」

「安心しろ、ねぇから」

 澪の発言に呆れながら真次郎は奥の部屋の扉を開ける。



 ────


 触れてはいけないものに、触れた。
 問うべきではないことを、問いかけた。
 それでも、怖くないと思った。
 あの人の背中が、まだ前を向いていたから。
 ──“この世界”が、少しずつ好きになってしまう。
 

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