夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第6話】ときめき極道ライフ


「ジロ……」
 
 澪は囁く。顔を俯かせ、数秒。
 
「100点!それは乙女ゲーではスチル案件の絵面でしたね。最高にメロいです。え?ジロ、乙女ゲームプレイしてます?」
 
 パッと顔を上げてそんな能天気なことを言っていた。

「……おまえさ、さっきの空気、ぜんっぶぶち壊したな?」

 大きなため息を吐いて真次郎は呆れ顔。それでも、どこか口元が緩んでいる。

「乙女ゲーム?するわけねぇだろ。なんだよ“スチル案件”って。写真か?っつーかおまえ、命の危機の後に“スチル”だの“メロい”だの……マジで異常な神経してんな」

 言いながらも、澪の顔をちらっと見て小声でボソッと付け加えた。

「……まあ、そのバカさが……案外、俺は嫌いじゃねぇけど」

「ジロ…….すみません、タイプじゃありません」

「……ああ、そっちが本音か」

 一瞬、沈黙。ふっと鼻で笑ったあと、澪の頭を軽くコツンと指で小突いた。

「謝るテンションでぶっ込むなや。真顔で“タイプじゃない”って言われんの、地味にダメージあるんだわ」

 とはいえ、真次郎の顔には余裕の笑み。こんな茶番、無視をすればいいのに、それをしないのは……少なからず真次郎も心地よいと思っているから。

「いいさ。おまえが俺をタイプじゃないってんなら──」

 澪の前に一歩進み、ぐっと目線を合わせる。

「……そのうち、タイプにしてやるよ。覚悟しとけ、澪」

 そう言って、真次郎は不敵に笑った。澪は驚いて言葉が出ない。心臓がバクバクしている。真次郎の声が目線が、澪のハートを刺して、掴んで、離さない。

「ま、どうせおまえ、すぐ飽きるんだろ? 」

 “こんな、非日常”

 そんな澪の反応など知らない真次郎は、冗談めかした調子で唱えていた。だから、澪も心を落ち着ける。

 今の胸の高鳴りは、気のせいだと。

「……それは否定ができませんね。うーん」
 
 どうにか、飽きるという言葉に澪は頷く。そのまま真次郎の後についていき、視界に入る目の前に広がる立派な門。
 
「この重厚感、いかにも極道の家って感じですね。どうしましょう、私に出せるものチョコしかありませんよ?これでなんとかなります?お金的なものは」
 
 そんなことを言いつつ澪はポケットからミルク味のチョコを取り出してみせた。

「……チョコでどうにかなるなら、俺ら苦労してないから」

 肩をすくめる真次郎の目は笑ってはいない。

「てか、なんでそれ持って逃げてんだよ。命より大事か? チョコが」

「必須ですね。私の体はチョコでできています」

「なんだそれ、あほか」

 そう言いつつも真次郎は手を伸ばし、澪の手からチョコを奪ってひょいと摘んだ。

「……ミルクね。甘ったるいの、嫌いじゃないけど」

 それをぽいと口に放り込み、もぐもぐしながら歩を進める。

「出せるもんがそれだけでも構わないけど?とりあえず、今んところの命の保証はなんとかなる」

 門をくぐる前、真次郎は立ち止まり、ちらりと澪を振り返る。

「“何もできません”って顔してるやつより、“なんとかしよう”って顔してるやつの方が、百倍マシだからな。……期待してるよ、おチョコさん」

 わざとらしくあだ名をつける真次郎。揶揄いの表情に澪は、キョトンとしつつも言葉を返した。

「おチョコ……甘ったるく可愛らしいスーパーな響きですが、私の名前は澪ですね。ジロ、あほですか?」

「いやいや、俺はあほじゃねぇ。おまえが予測の斜め上すぎんだよ。つーか!おまえも俺のこと真次郎じゃなくて、ジロとか呼んでんじゃん!」

「まあまあまあ、そうはしゃがないでください……でも」
 
 目の前でツッコむ真次郎を澪は真顔で見つめる。澪は大抵ペラペラ喋る時は真顔。真顔で突拍子もないことをいう。
 
「ここをくぐれば、始まるんですね……私のときめき極道ライフ。“溺愛されて蕩けます”的な物語が」
 
 そのふざけた発想。シンデレラを夢見るような者が考えるタイトルではなかった。真顔の澪をチラ見しながら、真次郎は門の前でため息を吐く。

「“ときめき極道ライフ”?溺愛?蕩ける? ……おまえの脳内、夢見がちな雑誌の巻末小説かなんかかよ」

 ぽりぽりと頭をかき、でもどこか諦めたような口調でいる。それは、この短くも濃すぎる短時間で真次郎なりに澪という人種を理解した証。

「ま、ある意味“非現実”って意味じゃ、間違っちゃいないか。……ここから先は、夢みたいな現実が続くぞ。おまえにとってはな」

 門をギィと押し開ける。その向こうには、静かすぎる中庭と、夜に沈む古風な屋敷が広がっていた。風がすっと吹き抜け、澪の髪が揺れる。

「行くぞ、シンデレラ。とりあえず、舞踏会も馬車もねぇけど……獣なら、いるかもな」

 真次郎の軽口に澪はジッと前を見据えたまま、告げる。

 
「ところでジロ、お腹すきましたよ」

「聞いちゃいねぇよ」

 突如おこった、現実的ではない、ファンタジーな世界。

 真次郎と名乗った男の子に連れられて澪は極道の屋敷に足を踏み入れた。



 扉の向こうに待っていたのは、
 舞踏会も、馬車もない世界。

 だけどそこには──
 神獣の面を宿した“獣たち”と、
 非日常に踏み出す、私の靴音があった。

 冗談とチョコと、少しの勇気。

 これは、おとぎ話じゃない。
 けれど──
 心が動いたのは、まぎれもない現実だった。

 
 Fin

 ※本作の無断転載・AI学習利用・要約・スクリーンショット転載などを禁じます。
作者の許可のない二次使用・改変・共有は一切お控えください。
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