春は、香りとともに。
言葉ではない何かが、ふたりの間にあった。
近づいたようでいて、まだ触れてはいけない境界線――そのわずかな隙間に、胸がきゅっと締めつけられる。
朝食を終え、片付けを済ませるころには、志野子の心は少しだけ落ち着いていた。
けれど、惟道の視線は時折、意味を持って彼女を見つめていた。
(何か……言いたそうにしておられる)
けれど志野子からそれを口にすることはできなかった。
理由は、自分でもわからなかった。
ただ、今は――静かなまま、この空気が崩れないようにと、願う気持ちが勝っていた。