春は、香りとともに。
その言葉のあとに、しばらく沈黙が落ちた。
「……そんな過去があったのですね」
やがて、惟道が静かに口を開いた。
「はい。でも、過去のことです。今はこうして、先生のもとで暮らせています。わたし、自分でご飯を炊いて、縫い物をして、人と話して――ようやく、息が出来るようになりました。生きてるって実感が持てるようになりました。私は、生きていてもいいと思えるようになったんです」
そう言いながらも、胸の奥にはまだ、かすかな痛みが残っていた。
壊れてしまった自分。どこか、“減ってしまった”ように感じる自分。
それでも。
「今の私は、あの頃の……肩書きがあった男爵令嬢としての私より、ずっと好きです」
そう言えたのは、惟道さんが隣にいてくれたからだった。