春は、香りとともに。
 

 「……先生」

 「はい」

 「わたし……この家の灯りになりたいんです。
  日々を照らす、小さな明かりでいいから」


 惟道は、ふと笑った。


 「もう、なっておられますよ。とっくに」


 そう言って、志野子の手にそっと口づけしそうになり、思わず目を伏せた。
 けれど、それはまだ、触れてはいけない領域のような気がして――代わりに、手の甲を両手で包み込み、しっかりと温めた。
 



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