春は、香りとともに。

第5話《春ノ市と誕生日》




 朝、鳥の声で目を覚ました志野子は、うすら明るい天井をぼんやりと眺めていた。
 寝間着の袖を引き寄せながら、身体を起こす。冷たい床板の感触が素足に沁みた。


 (……ああ)


 ふと、視線が掛けていた日めくり暦に止まる。

 きょうの日付――三月十六日。


 (……わたしの、誕生日)


 誰に言うでもなく、声にも出さずに、心の中でぽつりとつぶやいた。
 その瞬間、何かが胸の奥で、小さく凪いだ。

 祝ってくれる家族はいない。
 かつて誕生日に贈られた真珠のブローチも、戦後の混乱で手放してしまった。

 今の暮らしに、派手な贈り物など必要ないと自分に言い聞かせてはいても、それでもどこか、心にぽっかりと空白が生まれていた。



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