春は、香りとともに。
菓子屋の店先で、年配の女性店主がにこやかに言った。
「あらあら、ご夫婦で? まあ、仲睦まじくて羨ましいこと」
「えっ……」
志野子は目を瞬かせ、隣の惟道を見る。
惟道は、苦笑しながら軽く頭を下げた。
「いえ、違いますが……」
けれどその場では、それ以上否定もせず、菓子を包んでもらった。
歩き出してからも、志野子の胸はそわそわとして落ち着かなかった。
(“夫婦”に見えるほど……?)
そう思う自分自身が、少し恥ずかしく、けれど嬉しくもあった。
古道具店の軒先で、志野子はふと、一枚の手拭いに目をとめた。
淡い藍色に、藤の花がひっそりと描かれた、やわらかな布。
(……先生に、似合うかもしれない)
すぐに手に取ってみる。
きれいに洗われて、糊がほのかに香るそれは、日常の中でそっと添える贈り物だった。