春は、香りとともに。
食後の片付けもふたりで静かに進めた。
食器を重ねる音すら、どこか香を扱うときのように、丁寧で美しい。
志野子が手ぬぐいで器を拭きながら、ふと呟いた。
「……先生、この家、とても静かですね。音が響くのに、嫌じゃない」
「香を焚く家ですから。音も香も、余白が必要なのです。……そこに、意味を込める」
志野子は、ほっと微笑んだ。
「わたし、ここに来てよかった。……今朝そう思いました」
惟道は何も言わず、ただそっと背筋を伸ばし、その言葉の温度を受け取った。