春は、香りとともに。
(いや、むしろ……)
筆先を紙から離す。
そのとき、ふと廊下の方に、小さな灯の明かりが漏れているのに気づいた。
襖を少し開ける。
そこには、香の間から漏れる一筋の橙色。
志野子の部屋。
彼女は、灯りをつけたまま、眠ったのか。
惟道は、立ち上がり、廊下をそっと歩いた。
襖を開けずに、ほんの少し、障子を通してその光を見つめる。
そのときだった。
――ふ、と灯りが揺れた。
まるで志野子が灯心に気づいたように、そっと芯を整えたのだろう。
そして次の瞬間、障子越しに、小さな声が聞こえた。