春は、香りとともに。
「何か、話を?」
志野子は迷いながらも、頷いた。
「先生の……奥様のことを、少し。
文子様という方で……華やかで、才色兼備の、方だったと」
惟道の瞳が一瞬だけ揺れた。
「……ええ。彼女は、立派な女性でした」
その言葉に、志野子の胸が、すっと冷たくなる。
「先生は……まだ、文子様のことを……」
聞くつもりじゃなかった。
でも、どうしても言葉に出てしまった。
惟道は黙っていた。
しばらくの沈黙のあと、静かに息をつく。