春は、香りとともに。
夕刻、惟道が静かに部屋から出てきた。
表情は穏やかで、すっかり熱も引いたようだった。
「志野子さん、すこし……よろしいですか」
その声に、志野子は驚いたように顔を上げた。
「はい。どうか、こちらへ」
ふたりは卓袱台を挟み、向かい合って座った。
湯呑みにお茶を注ぎながら、志野子は視線を落とす。
沈黙が流れ、やがて惟道が口を開く。
「……今日、島津夫人がいらしていたのですね」
「はい……」
志野子の声は少しだけ震えていた。
惟道はそれに気づきながらも、真っ直ぐに彼女を見る。