眠れない私に、君の歌は優しすぎて、
人魚姫
波の音だけが、私を眠りに誘ってくれる。
君の声に出会うまでは。
【side唯】
悲しいことがあると、いつも夜の海に来ていた。
真っ黒な波に攫われて、そのまま深く深くまで引きずり込んで欲しいという願望は願望のまま、私は今日も何も起こらない規則正しい波を見つめている。
この海を人魚のように泳いでいけたなら、まず最初にどこにいくだろう。
まだ行ったことのない外国?誰もいない無人島?
ううん、きっと私はどこにも行かない。
ただ何も無い海の真ん中で、プカプカ浮いていたい。
ただ誰にも邪魔されず、1人で遠い遠い月を眺めていたい。
海の真ん中にいる時よりも遠すぎる月を砂浜からボーッと眺めていると、突然月の横にある1番星がキラッと緑の光を出して激しく点滅し始めた。
「ウソでしょ、まさか……」
この間テレビで未確認生物特集をやっていたのを思い出す。
その特集の1部に、私が今住んでいる地域でよくUFOが確認されていると言っていたような。
正直そういう類のものは、昔から信じていないから怖くはない。
幽霊、妖精、エイリアン、人魚、どれか1つでもいるなら私を助けて欲しい。
この地獄から、その世界に連れ出して欲しい。
緑の光は瞬きをする回数を重ねるごとに、どんどん激しく点滅していく。
あと数回目を閉じたら、どうなっているんだろう。
ドライアイなのに、なるべく目を閉じたくなくて見続けていたら涙が出てきた。
普段絶対に泣かないと決めていて、それを守り続けている私が、こんなことに泣いているなんて変な話。
数秒耐えていたがとうとう乾きと痛みに耐えられなくなって、思いっきり目を閉じた。
そして、次の瞬間目を開けた時には緑の光は消えていた。
代わりに私の目に映ったのは、いつの間にか横にちょこんと座っている、小さい子供の人魚だった。
「お姉さん、泣いてるの?」
私がその子を人魚だと認識出来たのは、胸に本物の貝殻で出来た下着を着ていたことと、下半身が魚の尾だったから。
何枚もある鱗が月に照らされて、緑色にキラキラ光っている。
彼女は私の顔をじっと見つめて、瞳を離さない。
「辛いこと、あったの?」
心から心配そうに見つめるその顔が、何とも美しい。
前言撤回。人魚って本当にいた。
「あ、えっと」
「私も辛いことあるよ。お父様がね、人魚たるもの美声は絶対って、1日に何度も練習させてくるの。毎日毎日だよ!?信じられないっ」
口を尖らせて嫌味っぽく話しているのが、可愛い。
それにこの感じ、友達と雑談出来てるみたいでなんだか嬉しい。楽しい。
「それは、嫌かも」
「でしょー!どこまでも追いかけてくるからとうとう陸に上がっちゃった」
「いいの?もっと怒られない?」
「うーん、かもね」
まるで前から友達のように、私たちは砂浜に座って会話をしている。
それが不思議で、心地よい。
「そうだっ!お姉さんにこの声上げる!」
「えぇ!?どういうことー?」
「代わりにお姉さんの声をちょうだいっ」
お願いっと瞳をうるうるさせてお願いされたら、断れない。
それになんか言い方が軽いし、まだ子供だから冗談かなにかかな。
「うん、じゃあ、いいよー」
なんて思ったことを後に後悔することになる。
「本当に!?やったぁ!」
彼女は私の喉に手を伸ばし、触れた。
冷たい手が徐々に喉をしぼめていくような感じがする。
「お姉さんありがと!!またねっ」
ほんの数秒喉に手を当て終わった後、彼女は海に入っていった。
ゆっくりゆっくり月に向かって泳いでいく背中を見つめながら、額に嫌な汗が滲む。
もし本当に声が出なくなっていたらどうしよう。
冗談じゃなくて、声を交換されていたら?
恐る恐る声を出そうと口を開いた。
『待って、人魚さん!』
音にならない空気音だけがスカスカと響く。
嘘。
もう1度、今度は『あ』と声に出した、はずだった。
またも音にはならなくて、虚しい音だけが響く。
何かを考えるより先に、体が勝手に動いた。
8月だというのに夜の海は肌に冷たく感じさせながら、まとわりついてくる。
待って、いかないで!!
どんどん遠くなる背中に叫べないことがもどかしい。
水も腰を超えていて、もうすぐ胸まで浸かりそうだ。
こっちは人間。
服も着ているから濡れた重みで、体が思うように動かない。
それでも水をかき分けて、なんとか追いつこうと必死に泳ぐ。
このまま声を失ったら、やっと決めた覚悟が水の泡になる。
やっとここまでやられて出来た覚悟。
言いたいことを言ってやろうという覚悟を決めるのに、10年もかかった。
それがこのままだと無駄になってしまう。
手足をバタバタと動かして波をかいているのに、どんどん沈んでいっている気がして、頭がパニックになっていく。
『痛っ』
右足がつり、体勢が崩れた。
私はとことんついてない。
そのままいともあっさりと、体は冷たい海の中に沈んでいく。
─「もう帰ってくんなって言ったの、聞こえてなかった?」
─「でも」
─「でもじゃねーよ」
海の中、とても静かなのにあの時の叩かれた音が響き渡る。
あの時だけじゃない。
お母さんがいるときは毎日。
それでも我慢出来たのは、あんな親でも大切なお母さんだったから。
なのに、ねぇ、なんで私を置いて出ていってしまったの?
急に右手を上から何かに掴まれた。
誰なのか確認するより先に、大きい声で怒鳴れ右頬に鋭い痛みを感じる。
「お前死にたいのかっ!!」
顔を見ると知らない男の人だった。
怒っていて、それでいて泣きそうな顔。
『離してよ!!』
口をパクパクするだけで、音は出ないから相手になにも伝わらない。
なんとか私を正気に戻そうとしているのが伝わったが、それでも彼女を追いかけようとさっきまでいた所に目を向ける。
が、そこにはただ広い海が広がっているだけだった。
終わった。
もう私は声を出せない。
「おい、泣くなよ」
泣きたくないのに勝手に涙は溢れてきて、止まらない。
止めてくれなければ溺れていたかもしれないのに、止めていなければ彼女に追いつけたかもしれない。
どうしたらいいから分からなくなって、次々と涙が水に落ちていく。
「なにがあったか分からないけど、お前は生きろ。俺が助けるから」
あぁ、きっと私はこの人からみて自ら命を絶つ人に見えたんだろうな。
確かにこの6ヶ月間、何度生きるのを辞めようと思ったか分からない。
でも、まだここじゃない。
まだ死にたくない。
私はまだ、死にたくないんだ。
『ありがとう』
声は出なくても口の形で分かったらしい。
彼は安心した表情で笑った。
その表情に胸がキュッとする。
「風邪引くから上がろう」
腰に手を回され、2人で砂浜を目指して泳いでいく。
水も手も冷たいはずなのに、繋いだ手から熱を感じて、また胸が痛くなった。
砂浜に上がると、何人かの男の人が焦った様子で近づいて来る。
それに驚き、反射的に彼の濡れたシャツを掴んで後ろに下がってしまった。
「総長っ!!急に海に入るとかどうかしちゃったんですか、バカですか!?!?」
「そうですよ、俺たちもうパニックで!」
「あー悪い悪い。落し物を拾いにな」
「まったくもういくつ拾えば気が済むのやら……って、まさか、人間、ですか」
目を丸くして全員に見つめられる。
腕にはタトゥー、耳や口にはピアス。
これだけみたら不良の集団だ。
「そう。花木唯ちゃん。今日から俺の女」
あれ、なんで名前知っているんだろう。
私自己紹介したっけ?
って……、
『俺の女!?』
「えぇ!!総長、彼女はもう作らないって!」
「なんのことだか。ほら、風邪引く前に戻るぞ」
頭がパニック二なっているうちに、気がつくと足が地面から浮いていた。
みんなの前で、お姫様抱っこをされている。
『お、おろして!』
足をバタバタさせて反撃するも、総長と呼ばれた彼にはなんの反撃にもなっていないよう。
「静かに抱かれてろ。お前たちもいくぞ」
「はぁい。総長って猫山組のトップなのに意外と可愛いところもあるんだなぁ」
「なんか言ったか、聡明くん?」
「いやー、なんでも!」
猫山組って、まさか、この町の支配者と恐れられている、あの?
目の前にいるのは、どう見ても私を助けてくれた優しい人。
「唯、俺に愛される準備しとけよ」
声も失って、総長にこんなこと言われて……。
それにあの人との事も声を失った今、解決出来る手段がない。
それ以上に声を出せないことが、更なる悪化を物語っている。
私これからどうなっちゃうんだろう。
そんなことを考えながら、眠気に抗えず微笑む彼の顔を見ながら眠りに落ちていった。
君の声に出会うまでは。
【side唯】
悲しいことがあると、いつも夜の海に来ていた。
真っ黒な波に攫われて、そのまま深く深くまで引きずり込んで欲しいという願望は願望のまま、私は今日も何も起こらない規則正しい波を見つめている。
この海を人魚のように泳いでいけたなら、まず最初にどこにいくだろう。
まだ行ったことのない外国?誰もいない無人島?
ううん、きっと私はどこにも行かない。
ただ何も無い海の真ん中で、プカプカ浮いていたい。
ただ誰にも邪魔されず、1人で遠い遠い月を眺めていたい。
海の真ん中にいる時よりも遠すぎる月を砂浜からボーッと眺めていると、突然月の横にある1番星がキラッと緑の光を出して激しく点滅し始めた。
「ウソでしょ、まさか……」
この間テレビで未確認生物特集をやっていたのを思い出す。
その特集の1部に、私が今住んでいる地域でよくUFOが確認されていると言っていたような。
正直そういう類のものは、昔から信じていないから怖くはない。
幽霊、妖精、エイリアン、人魚、どれか1つでもいるなら私を助けて欲しい。
この地獄から、その世界に連れ出して欲しい。
緑の光は瞬きをする回数を重ねるごとに、どんどん激しく点滅していく。
あと数回目を閉じたら、どうなっているんだろう。
ドライアイなのに、なるべく目を閉じたくなくて見続けていたら涙が出てきた。
普段絶対に泣かないと決めていて、それを守り続けている私が、こんなことに泣いているなんて変な話。
数秒耐えていたがとうとう乾きと痛みに耐えられなくなって、思いっきり目を閉じた。
そして、次の瞬間目を開けた時には緑の光は消えていた。
代わりに私の目に映ったのは、いつの間にか横にちょこんと座っている、小さい子供の人魚だった。
「お姉さん、泣いてるの?」
私がその子を人魚だと認識出来たのは、胸に本物の貝殻で出来た下着を着ていたことと、下半身が魚の尾だったから。
何枚もある鱗が月に照らされて、緑色にキラキラ光っている。
彼女は私の顔をじっと見つめて、瞳を離さない。
「辛いこと、あったの?」
心から心配そうに見つめるその顔が、何とも美しい。
前言撤回。人魚って本当にいた。
「あ、えっと」
「私も辛いことあるよ。お父様がね、人魚たるもの美声は絶対って、1日に何度も練習させてくるの。毎日毎日だよ!?信じられないっ」
口を尖らせて嫌味っぽく話しているのが、可愛い。
それにこの感じ、友達と雑談出来てるみたいでなんだか嬉しい。楽しい。
「それは、嫌かも」
「でしょー!どこまでも追いかけてくるからとうとう陸に上がっちゃった」
「いいの?もっと怒られない?」
「うーん、かもね」
まるで前から友達のように、私たちは砂浜に座って会話をしている。
それが不思議で、心地よい。
「そうだっ!お姉さんにこの声上げる!」
「えぇ!?どういうことー?」
「代わりにお姉さんの声をちょうだいっ」
お願いっと瞳をうるうるさせてお願いされたら、断れない。
それになんか言い方が軽いし、まだ子供だから冗談かなにかかな。
「うん、じゃあ、いいよー」
なんて思ったことを後に後悔することになる。
「本当に!?やったぁ!」
彼女は私の喉に手を伸ばし、触れた。
冷たい手が徐々に喉をしぼめていくような感じがする。
「お姉さんありがと!!またねっ」
ほんの数秒喉に手を当て終わった後、彼女は海に入っていった。
ゆっくりゆっくり月に向かって泳いでいく背中を見つめながら、額に嫌な汗が滲む。
もし本当に声が出なくなっていたらどうしよう。
冗談じゃなくて、声を交換されていたら?
恐る恐る声を出そうと口を開いた。
『待って、人魚さん!』
音にならない空気音だけがスカスカと響く。
嘘。
もう1度、今度は『あ』と声に出した、はずだった。
またも音にはならなくて、虚しい音だけが響く。
何かを考えるより先に、体が勝手に動いた。
8月だというのに夜の海は肌に冷たく感じさせながら、まとわりついてくる。
待って、いかないで!!
どんどん遠くなる背中に叫べないことがもどかしい。
水も腰を超えていて、もうすぐ胸まで浸かりそうだ。
こっちは人間。
服も着ているから濡れた重みで、体が思うように動かない。
それでも水をかき分けて、なんとか追いつこうと必死に泳ぐ。
このまま声を失ったら、やっと決めた覚悟が水の泡になる。
やっとここまでやられて出来た覚悟。
言いたいことを言ってやろうという覚悟を決めるのに、10年もかかった。
それがこのままだと無駄になってしまう。
手足をバタバタと動かして波をかいているのに、どんどん沈んでいっている気がして、頭がパニックになっていく。
『痛っ』
右足がつり、体勢が崩れた。
私はとことんついてない。
そのままいともあっさりと、体は冷たい海の中に沈んでいく。
─「もう帰ってくんなって言ったの、聞こえてなかった?」
─「でも」
─「でもじゃねーよ」
海の中、とても静かなのにあの時の叩かれた音が響き渡る。
あの時だけじゃない。
お母さんがいるときは毎日。
それでも我慢出来たのは、あんな親でも大切なお母さんだったから。
なのに、ねぇ、なんで私を置いて出ていってしまったの?
急に右手を上から何かに掴まれた。
誰なのか確認するより先に、大きい声で怒鳴れ右頬に鋭い痛みを感じる。
「お前死にたいのかっ!!」
顔を見ると知らない男の人だった。
怒っていて、それでいて泣きそうな顔。
『離してよ!!』
口をパクパクするだけで、音は出ないから相手になにも伝わらない。
なんとか私を正気に戻そうとしているのが伝わったが、それでも彼女を追いかけようとさっきまでいた所に目を向ける。
が、そこにはただ広い海が広がっているだけだった。
終わった。
もう私は声を出せない。
「おい、泣くなよ」
泣きたくないのに勝手に涙は溢れてきて、止まらない。
止めてくれなければ溺れていたかもしれないのに、止めていなければ彼女に追いつけたかもしれない。
どうしたらいいから分からなくなって、次々と涙が水に落ちていく。
「なにがあったか分からないけど、お前は生きろ。俺が助けるから」
あぁ、きっと私はこの人からみて自ら命を絶つ人に見えたんだろうな。
確かにこの6ヶ月間、何度生きるのを辞めようと思ったか分からない。
でも、まだここじゃない。
まだ死にたくない。
私はまだ、死にたくないんだ。
『ありがとう』
声は出なくても口の形で分かったらしい。
彼は安心した表情で笑った。
その表情に胸がキュッとする。
「風邪引くから上がろう」
腰に手を回され、2人で砂浜を目指して泳いでいく。
水も手も冷たいはずなのに、繋いだ手から熱を感じて、また胸が痛くなった。
砂浜に上がると、何人かの男の人が焦った様子で近づいて来る。
それに驚き、反射的に彼の濡れたシャツを掴んで後ろに下がってしまった。
「総長っ!!急に海に入るとかどうかしちゃったんですか、バカですか!?!?」
「そうですよ、俺たちもうパニックで!」
「あー悪い悪い。落し物を拾いにな」
「まったくもういくつ拾えば気が済むのやら……って、まさか、人間、ですか」
目を丸くして全員に見つめられる。
腕にはタトゥー、耳や口にはピアス。
これだけみたら不良の集団だ。
「そう。花木唯ちゃん。今日から俺の女」
あれ、なんで名前知っているんだろう。
私自己紹介したっけ?
って……、
『俺の女!?』
「えぇ!!総長、彼女はもう作らないって!」
「なんのことだか。ほら、風邪引く前に戻るぞ」
頭がパニック二なっているうちに、気がつくと足が地面から浮いていた。
みんなの前で、お姫様抱っこをされている。
『お、おろして!』
足をバタバタさせて反撃するも、総長と呼ばれた彼にはなんの反撃にもなっていないよう。
「静かに抱かれてろ。お前たちもいくぞ」
「はぁい。総長って猫山組のトップなのに意外と可愛いところもあるんだなぁ」
「なんか言ったか、聡明くん?」
「いやー、なんでも!」
猫山組って、まさか、この町の支配者と恐れられている、あの?
目の前にいるのは、どう見ても私を助けてくれた優しい人。
「唯、俺に愛される準備しとけよ」
声も失って、総長にこんなこと言われて……。
それにあの人との事も声を失った今、解決出来る手段がない。
それ以上に声を出せないことが、更なる悪化を物語っている。
私これからどうなっちゃうんだろう。
そんなことを考えながら、眠気に抗えず微笑む彼の顔を見ながら眠りに落ちていった。