相棒をS級勇者に奪われた俺、スキル【力の前貸し】で勇者を破滅へ導く!~全てを負債地獄に叩き落とし、新たな魔王として君臨する!
第15話 サキュバスの本能
場面は変わり、現在。
俺たちは洞穴の中にいる。
中は森よりも暗く、湿った空気が漂っていた。
……ポロポロ。
………?
気のせいか?
今、洞窟の奥から音がした気がする。
「……あの、なぜ落とし物の話を私に?」
「…ん? あぁ、それは――」
洞窟の薄暗さが、彼女の曇った表情をいっそう際立たせる。
「あんたが紫ポーションの持ち主だと確信したからだ」
「……どうして、そう思ったんですか?」
「洞窟内にはポーションだけでなく、あんたのと思われる髪の毛が落ちていたから」
彼女はハッと気が付いたような反応をする。
「髪の色……ですか?」
「あぁ。....悪いが、その髪色はかなり珍しい。この場所に、同じ髪色の人間が来るとは思えないしな」
「確かに、そうですね……」
隠し通せないと悟ったのか、彼女は服の中から紫色のポーションを取り出した。
「……あなたの言う通り、毒ポーションの持ち主は私です」
毒物は持っているだけで、極刑に値する。
それを知られた彼女は、不安そうな表情を浮かべた。
「別に、問い詰めるつもりはない」
そう伝えても、彼女の肩はまだ強張っている。
「この話をしたのも、公平な関係を築くためだから」
「…公平、ですか?」
「偶然とはいえ、あんたの秘密を知ってしまったんだ。それを見て見ぬふりして、相手の秘密だけ握るのは不公平だろ?」
「…………」
「だから俺も、相応の秘密を明かそうと思う」
自分の面影を見た彼女。
そんな相手の弱みを握り続けるのは罪悪感があった。
それなら、いっそのこと自分のことも明かした方が気が晴れるだろう。
「でも、私には…他にも秘密があって…」
「全ての秘密を明かすことが公平だとは限らない。大事なのは釣り合いが取れているかだと思う」
そう伝えると、彼女はわずかに頷いた。
その後、俺は自分のスキル「力の前貸し」について語った。
▽
「…この話は誰にも言わない方がいいです。そのスキルは、誰もが欲しがりますから」
「誰もが? さすがに言い過ぎだろ」
「そ、そんなことないと思います」
普段おとなしい彼女が、思わず声を張った。
「最近まで魔力が30ほどだったんですよね。それが昨日と今日で400以上もアップするなんて…。こんな急成長は聞いたことがありません」
確かにスキルで成長はした。
だが、他の人間も経験値で魔力を得ている。
それでも俺の成長は異常なのか?
「…俺は、スキルを使わないと魔力を増やせない」
「…え? それって、経験値を得られないってことですか?」
「あぁ」
どうやら、これも衝撃的な話らしい。
「だから、経験値についてあまり詳しくなくてな。よかったら教えてくれると助かる」
「……わかりました」
彼女は正座をし、こう続けた。
「話が長くなります。足がしびれるといけないので、座ってください」
素直に従い、俺も腰を下ろす。
「…単刀直入に聞きますが、経験値効率についてご存じですか?」
「いや、初耳だ」
「そうですか」と頷き、説明を始めた。
「まず、経験値とは、魔物や人など、生き物を倒すことで得られる魔力のことです」
それに対して...と続ける。
「経験値効率とは、倒した相手の魔力量から、どれだけ魔力を得られるかを指します」
「つまり経験値で得る魔力は、倒した相手の魔力量を超えられないってことか。どんなに効率を高めても、最大で相手の魔力量までと...」
「はい。理論上はそうです」
「…実際は違うのか?」
彼女はこくりと頷いた。
「経験値で得られる魔力は、相手の魔力量の1%にも満たないんです」
「…それは、低すぎるな」
納得しかけたが、すぐに疑問が浮かんだ。
「でも、経験値でレベルが上がると、大きく成長すると聞いたぞ?」
「…確かに、そうですね」
「1%未満じゃ、成長できる気がしないが」
彼女は少し考え、口を開いた。
「レベルアップは、経験値が一定量溜まることで起こります。倒した数が足りなければ、成長は停滞したままで....」
俺のスキルは、戦闘のたびに魔力が得られる。
だから経験値も同じだと思っていた。
「つまり、レベルアップで大きく成長する理由は、経験値が一気に反映される瞬間だからです」
「なるほど。だから、主観では大きく成長したように感じるのか」
「はい。ただ、倒した相手の魔力量と比べると…成長は微々たるものですが」
少し、頭を整理する。
すると、身近な物が浮かんだ。
「経験値って、労働者の給料みたいだな」
「給料…ですか?」
「労働者は、自分が生んだ利益の一部しかもらえないだろ?....手取りはもっと減るしな」
「あはは。確かに似てますね」
「それにしても、1%未満は低すぎるが」
「いえ、あなたのスキルが破格すぎるんです。相手の魔力をそのまま得られるなんて....」
さらに彼女は言う。
「私の予想では、いずれあなたに並ぶ者はいなくなると思います」
「そうか。それで、さっき誰もが欲しがる能力と...」
彼女は大きくうなづく。
「はい。だからスキルの存在は、誰にも知られないようにしてください。知られたら、必ず狙われます」
「必ず…? 心当たりでもあるのか?」
「あっ、いえ……特には」
誤魔化された気もするが、彼女の秘密に関わることかもしれない。
これ以上は詮索しないでおこう。
「わかった。いろいろ教えてくれて、ありがとう。おかげで方向性が見えた」
話がひと段落つき、立ち上がる。
「もう進むんですか?」
俺が立ったのを見て、彼女も出発の準備を始めた。
「いや、疲れが溜まってるから休ませてもらう」
俺は重い体を動かし、藁のベッドに向かう。
「悪いけど、ここで少し眠らせてくれ」
体を預ける。
寝心地は良くないが、床よりはましだ。
「あ、あのっ!」
「…どうした?」
彼女の声のする方に、寝そべったまま顔を向ける。
とても恥ずかしそうな表情をしていた。
「そのベッド……汗臭くないですか?」
「いや、特には」
.....................!?
答えた瞬間、気づいた。
この場所でポーションを落としたってことは――彼女は以前からここに。
長く滞在していたのなら、寝床も必要。
このベッド……彼女が使っていたものか?
「わ、悪い。今退く」
「だ、大丈夫です。恥ずかしいですけど……あなたなら、嫌じゃありませんから」
「…そうか。た...すか...る」
そう言って目を閉じる。
意識はすぐに途切れた。
ボロボロッ……。
....................................................
............................
.........
...
彼が眠ってから、数時間が経つ。
その間、私の心には一つの願望があった。
――彼の寝顔が見たい。
本当はいけないことだと分かっている。
でも……ついに我慢の限界がきて、彼の傍へと近づいた。
いびきをかくこともなく、静かに寝息を立てている。
その寝顔を覗き込むと――
……いつもの凛々しさとはまるで違う、どこか幼い顔がそこにあった。
心臓が、ドクンと跳ねる。
こんな感情、初めてだ。冷静でいられない。
頬が熱を帯び、呼吸が早くなる。
――もっと知りたい。この感情の正体を。
私はさらに顔を近づける。
整った彼の顔との距離が、十センチほどになったその時。
無防備な唇が目に入り、視線が吸い寄せられる。
……ただ眺めているだけで、より強い欲求が芽生えていく。
そして――衝動のままに、唇を重ねた。
それは不思議な感触だった。
例えるなら、上下の唇が重なった時の感触に近い。
想像していたよりも、彼の唇は硬かった。
きっと、唇が薄いせいだろう。
けれど、その硬さでさえ、なぜか心地よく感じられた。
一度、顔を離す。
息を整え、少しだけ冷静さを取り戻すと……罪悪感が、心の底から湧き上がった。
「……私、何をしてるの?」
普段の私なら、絶対に取らない行動。
なのに、さっきまでの私はまるで別人のようだった。
――もしかして、サキュバスの影響……?
.......唇を重ねてまで、知りたかった感情。
――結局、分からなかったなぁ……。
そんな風に感傷に浸っていると――
バサッ、バサッ。
天井から何かの羽音が聞こえた。
見上げると、黒い影が羽ばたいている。
暗闇に紛れてはっきりとは見えないが――
「あれは……コウモリ?」
最近、住み着いたのかもしれない。
以前来た時には見かけなかった。
「チチチチ……」
複数の鳴き声がこちらへと近づいてくる。
私は慌てて、彼の肩を揺する。
「あのっ! 起きてください! ここは危険です!!」
……けれど、どれほど揺すっても彼は起きない。
よほど疲れているのだろうか。
「……どうしよう」
彼を置いて逃げるわけにはいかない。
私一人で、何とかしなきゃ……。
そばに落ちていた石を拾い、コウモリに向けて投げる。
「っ!」
けん制のつもりだったが、すべて外れてしまう。
そのうちの一匹が避けた末、彼の首元へと降り立った。
「ダメっ!!」
私は咄嗟に駆け寄ろうとした。
だが、その努力もむなしく――コウモリが彼の首筋に噛みつく。
「……」
血を吸っている……。
だが、それだけじゃない。
コウモリは毒を同時に注入する。
放置すれば、毒が回って命を落とすこともある。
「……許さない」
こんな感情、初めてだ。
さっきのドキドキとは違う。
――煮えたぎる怒り。
ガッ!!
私は素手で、そのコウモリを掴み――握りつぶした。
「……!!? チチチチ!」
仲間が殺された気配を感じたのか、残りのコウモリたちがざわつきながら逃げていく。
「……逃がさない」
体の奥から魔力が湧き上がる。
今の私なら――なんだって、できそうな気がする。
私は手のひらをじっと見つめた。
すると、そこに風が巻き起こり、見る間に小さな旋風へと変わっていく。
「……っ」
その渦巻く風を魔力で圧縮する。
最終的に、手の中に高密度の風の玉が形成された。
その玉を、コウモリの群れに向けて――
放つ。
瞬間、風の爆発が起きた。
コウモリたちは風圧で粉々に砕け散る。
直後、耳をつんざくような音が洞窟に鳴り響いた。
爆発の余波は、爆心地から離れたこの場所にも伝わってくる。
「……」
揺れが収まり、私は深く息をつく。
……なぜ、あんなに怒りが湧いたのか。
理由は――たったひとつ。
彼が危険にさらされたからだ。
胸の奥が焼けつくように熱くなる。
――こんな感情、初めてだ。
恐怖でも、不安でもない。
ただ、許せなかった。
彼が傷つくことも、何かを奪われることも。
こんな怒りを抱くのは、彼だから。
他の誰でも、ここまでの感情は湧かなかっただろう。
――いや、違う。
「彼だから」なんて、曖昧な言葉では済ませられない。
もっと深い、確かな感情がある。
なら、この気持ちの正体は……?
「……私は……彼のことが――」
「なぁ……」
「!?」
私はとっさに後ろを振り返る。
「……なんで、サキュバスの姿になってるんだ?」
俺たちは洞穴の中にいる。
中は森よりも暗く、湿った空気が漂っていた。
……ポロポロ。
………?
気のせいか?
今、洞窟の奥から音がした気がする。
「……あの、なぜ落とし物の話を私に?」
「…ん? あぁ、それは――」
洞窟の薄暗さが、彼女の曇った表情をいっそう際立たせる。
「あんたが紫ポーションの持ち主だと確信したからだ」
「……どうして、そう思ったんですか?」
「洞窟内にはポーションだけでなく、あんたのと思われる髪の毛が落ちていたから」
彼女はハッと気が付いたような反応をする。
「髪の色……ですか?」
「あぁ。....悪いが、その髪色はかなり珍しい。この場所に、同じ髪色の人間が来るとは思えないしな」
「確かに、そうですね……」
隠し通せないと悟ったのか、彼女は服の中から紫色のポーションを取り出した。
「……あなたの言う通り、毒ポーションの持ち主は私です」
毒物は持っているだけで、極刑に値する。
それを知られた彼女は、不安そうな表情を浮かべた。
「別に、問い詰めるつもりはない」
そう伝えても、彼女の肩はまだ強張っている。
「この話をしたのも、公平な関係を築くためだから」
「…公平、ですか?」
「偶然とはいえ、あんたの秘密を知ってしまったんだ。それを見て見ぬふりして、相手の秘密だけ握るのは不公平だろ?」
「…………」
「だから俺も、相応の秘密を明かそうと思う」
自分の面影を見た彼女。
そんな相手の弱みを握り続けるのは罪悪感があった。
それなら、いっそのこと自分のことも明かした方が気が晴れるだろう。
「でも、私には…他にも秘密があって…」
「全ての秘密を明かすことが公平だとは限らない。大事なのは釣り合いが取れているかだと思う」
そう伝えると、彼女はわずかに頷いた。
その後、俺は自分のスキル「力の前貸し」について語った。
▽
「…この話は誰にも言わない方がいいです。そのスキルは、誰もが欲しがりますから」
「誰もが? さすがに言い過ぎだろ」
「そ、そんなことないと思います」
普段おとなしい彼女が、思わず声を張った。
「最近まで魔力が30ほどだったんですよね。それが昨日と今日で400以上もアップするなんて…。こんな急成長は聞いたことがありません」
確かにスキルで成長はした。
だが、他の人間も経験値で魔力を得ている。
それでも俺の成長は異常なのか?
「…俺は、スキルを使わないと魔力を増やせない」
「…え? それって、経験値を得られないってことですか?」
「あぁ」
どうやら、これも衝撃的な話らしい。
「だから、経験値についてあまり詳しくなくてな。よかったら教えてくれると助かる」
「……わかりました」
彼女は正座をし、こう続けた。
「話が長くなります。足がしびれるといけないので、座ってください」
素直に従い、俺も腰を下ろす。
「…単刀直入に聞きますが、経験値効率についてご存じですか?」
「いや、初耳だ」
「そうですか」と頷き、説明を始めた。
「まず、経験値とは、魔物や人など、生き物を倒すことで得られる魔力のことです」
それに対して...と続ける。
「経験値効率とは、倒した相手の魔力量から、どれだけ魔力を得られるかを指します」
「つまり経験値で得る魔力は、倒した相手の魔力量を超えられないってことか。どんなに効率を高めても、最大で相手の魔力量までと...」
「はい。理論上はそうです」
「…実際は違うのか?」
彼女はこくりと頷いた。
「経験値で得られる魔力は、相手の魔力量の1%にも満たないんです」
「…それは、低すぎるな」
納得しかけたが、すぐに疑問が浮かんだ。
「でも、経験値でレベルが上がると、大きく成長すると聞いたぞ?」
「…確かに、そうですね」
「1%未満じゃ、成長できる気がしないが」
彼女は少し考え、口を開いた。
「レベルアップは、経験値が一定量溜まることで起こります。倒した数が足りなければ、成長は停滞したままで....」
俺のスキルは、戦闘のたびに魔力が得られる。
だから経験値も同じだと思っていた。
「つまり、レベルアップで大きく成長する理由は、経験値が一気に反映される瞬間だからです」
「なるほど。だから、主観では大きく成長したように感じるのか」
「はい。ただ、倒した相手の魔力量と比べると…成長は微々たるものですが」
少し、頭を整理する。
すると、身近な物が浮かんだ。
「経験値って、労働者の給料みたいだな」
「給料…ですか?」
「労働者は、自分が生んだ利益の一部しかもらえないだろ?....手取りはもっと減るしな」
「あはは。確かに似てますね」
「それにしても、1%未満は低すぎるが」
「いえ、あなたのスキルが破格すぎるんです。相手の魔力をそのまま得られるなんて....」
さらに彼女は言う。
「私の予想では、いずれあなたに並ぶ者はいなくなると思います」
「そうか。それで、さっき誰もが欲しがる能力と...」
彼女は大きくうなづく。
「はい。だからスキルの存在は、誰にも知られないようにしてください。知られたら、必ず狙われます」
「必ず…? 心当たりでもあるのか?」
「あっ、いえ……特には」
誤魔化された気もするが、彼女の秘密に関わることかもしれない。
これ以上は詮索しないでおこう。
「わかった。いろいろ教えてくれて、ありがとう。おかげで方向性が見えた」
話がひと段落つき、立ち上がる。
「もう進むんですか?」
俺が立ったのを見て、彼女も出発の準備を始めた。
「いや、疲れが溜まってるから休ませてもらう」
俺は重い体を動かし、藁のベッドに向かう。
「悪いけど、ここで少し眠らせてくれ」
体を預ける。
寝心地は良くないが、床よりはましだ。
「あ、あのっ!」
「…どうした?」
彼女の声のする方に、寝そべったまま顔を向ける。
とても恥ずかしそうな表情をしていた。
「そのベッド……汗臭くないですか?」
「いや、特には」
.....................!?
答えた瞬間、気づいた。
この場所でポーションを落としたってことは――彼女は以前からここに。
長く滞在していたのなら、寝床も必要。
このベッド……彼女が使っていたものか?
「わ、悪い。今退く」
「だ、大丈夫です。恥ずかしいですけど……あなたなら、嫌じゃありませんから」
「…そうか。た...すか...る」
そう言って目を閉じる。
意識はすぐに途切れた。
ボロボロッ……。
....................................................
............................
.........
...
彼が眠ってから、数時間が経つ。
その間、私の心には一つの願望があった。
――彼の寝顔が見たい。
本当はいけないことだと分かっている。
でも……ついに我慢の限界がきて、彼の傍へと近づいた。
いびきをかくこともなく、静かに寝息を立てている。
その寝顔を覗き込むと――
……いつもの凛々しさとはまるで違う、どこか幼い顔がそこにあった。
心臓が、ドクンと跳ねる。
こんな感情、初めてだ。冷静でいられない。
頬が熱を帯び、呼吸が早くなる。
――もっと知りたい。この感情の正体を。
私はさらに顔を近づける。
整った彼の顔との距離が、十センチほどになったその時。
無防備な唇が目に入り、視線が吸い寄せられる。
……ただ眺めているだけで、より強い欲求が芽生えていく。
そして――衝動のままに、唇を重ねた。
それは不思議な感触だった。
例えるなら、上下の唇が重なった時の感触に近い。
想像していたよりも、彼の唇は硬かった。
きっと、唇が薄いせいだろう。
けれど、その硬さでさえ、なぜか心地よく感じられた。
一度、顔を離す。
息を整え、少しだけ冷静さを取り戻すと……罪悪感が、心の底から湧き上がった。
「……私、何をしてるの?」
普段の私なら、絶対に取らない行動。
なのに、さっきまでの私はまるで別人のようだった。
――もしかして、サキュバスの影響……?
.......唇を重ねてまで、知りたかった感情。
――結局、分からなかったなぁ……。
そんな風に感傷に浸っていると――
バサッ、バサッ。
天井から何かの羽音が聞こえた。
見上げると、黒い影が羽ばたいている。
暗闇に紛れてはっきりとは見えないが――
「あれは……コウモリ?」
最近、住み着いたのかもしれない。
以前来た時には見かけなかった。
「チチチチ……」
複数の鳴き声がこちらへと近づいてくる。
私は慌てて、彼の肩を揺する。
「あのっ! 起きてください! ここは危険です!!」
……けれど、どれほど揺すっても彼は起きない。
よほど疲れているのだろうか。
「……どうしよう」
彼を置いて逃げるわけにはいかない。
私一人で、何とかしなきゃ……。
そばに落ちていた石を拾い、コウモリに向けて投げる。
「っ!」
けん制のつもりだったが、すべて外れてしまう。
そのうちの一匹が避けた末、彼の首元へと降り立った。
「ダメっ!!」
私は咄嗟に駆け寄ろうとした。
だが、その努力もむなしく――コウモリが彼の首筋に噛みつく。
「……」
血を吸っている……。
だが、それだけじゃない。
コウモリは毒を同時に注入する。
放置すれば、毒が回って命を落とすこともある。
「……許さない」
こんな感情、初めてだ。
さっきのドキドキとは違う。
――煮えたぎる怒り。
ガッ!!
私は素手で、そのコウモリを掴み――握りつぶした。
「……!!? チチチチ!」
仲間が殺された気配を感じたのか、残りのコウモリたちがざわつきながら逃げていく。
「……逃がさない」
体の奥から魔力が湧き上がる。
今の私なら――なんだって、できそうな気がする。
私は手のひらをじっと見つめた。
すると、そこに風が巻き起こり、見る間に小さな旋風へと変わっていく。
「……っ」
その渦巻く風を魔力で圧縮する。
最終的に、手の中に高密度の風の玉が形成された。
その玉を、コウモリの群れに向けて――
放つ。
瞬間、風の爆発が起きた。
コウモリたちは風圧で粉々に砕け散る。
直後、耳をつんざくような音が洞窟に鳴り響いた。
爆発の余波は、爆心地から離れたこの場所にも伝わってくる。
「……」
揺れが収まり、私は深く息をつく。
……なぜ、あんなに怒りが湧いたのか。
理由は――たったひとつ。
彼が危険にさらされたからだ。
胸の奥が焼けつくように熱くなる。
――こんな感情、初めてだ。
恐怖でも、不安でもない。
ただ、許せなかった。
彼が傷つくことも、何かを奪われることも。
こんな怒りを抱くのは、彼だから。
他の誰でも、ここまでの感情は湧かなかっただろう。
――いや、違う。
「彼だから」なんて、曖昧な言葉では済ませられない。
もっと深い、確かな感情がある。
なら、この気持ちの正体は……?
「……私は……彼のことが――」
「なぁ……」
「!?」
私はとっさに後ろを振り返る。
「……なんで、サキュバスの姿になってるんだ?」