相棒をS級勇者に奪われた俺、スキル【力の前貸し】で勇者を破滅へ導く!~全てを負債地獄に叩き落とし、新たな魔王として君臨する!

第14話 孤独

「……気持ちはありがたいが、すまない。断らせてほしい」

「そう…ですか」

「こっちの事情で、なるべく人を避けて通りたいんだ」

俺の返答に、彼女は肩を落とした。

「でも、お礼が迷惑ってわけじゃない」

「い、いいんです。気を遣っていただかなくても」

「………」

沈黙が続く。気まずい空気。
このまま別れるのも後味が悪い。
それなら――

「なあ、良かったら出口までの道順を教えてくれないか?」

「…! は、はいっ!ぜひ!」

彼女はすぐに服の中から地図を取り出した。

「この森には出口が複数あって――…っ!?」

説明の途中、彼女の顔が強ばる。
....俺の腕を掴み、強く引っ張った。

その勢いで前につんのめる。
そして、目の前には――服越しにも分かる、大きな膨らみ。

「うっぷ――」

顔が、柔らかな肉の海に沈む。

ズドン!!

直後、背後で大きな音が響いた。
何が起きた?
今のは…何かが落ちた音か?

「あっ、あれは……ゴブリン」

恐怖からか、彼女の腕に力がこもる。

(息が……できない。苦しい)

とっさに肩を叩いた。

「あっ!?す、すみません! つい力が入ってしまって……」

「ぷはっ……。いや、謝る必要はねぇよ。あんたが引っ張ってくれなきゃ、今ごろ俺の頭はかち割れてたからな」

彼女の視線につられて、上を見る。

「キキィィッキキィ!!」

大樹の上、二匹のゴブリンが嘲笑っていた。

なるほど、落ちてきたのは大きな木の実か。
木のてっぺん――物を落とすには最適の場所だ。
しかも、不意打ちにもなる。

……なかなか賢いやり方だ。

「あのっ! 急いで逃げましょう!」

「……悪いけど、試したいことがあるんだ。だから俺は戦う」

試したいこと。それは、新しく手に入れた能力。

前借りと前貸し(リース&バンス)

《前借りする対象を目視してください》

手前のゴブリンを見た。

《前貸しする対象を目視してください》

奥のゴブリンを見る。

《スキルを発動します》

その瞬間、奇妙な感覚が体を走る。
前借りで流れ込む魔力――
だが同時に、前貸しでその魔力が抜けていく。

まるで、水を飲みながらうがいをしてるような感覚だ。

手前のゴブリンは動きが鈍り、逆に前貸しした方は活発になる。

「........」

二匹の様子を見て、スキルを停止する。
……この能力、かなりクセが強い。

通常なら、前借りすれば右目に負債のプロンプトが表示される。
だが今回は何も出なかった。
たぶん、借りた魔力が即座に流れ出たからだ。

つまり――負債にはなっていない。
よって、魔力元本の支払い義務もなし。

じゃあ、逆に債権者として認定されたかというと、それも違う。
貸した相手にも、負債プロンプトは表示されなかった。

……今回は、どちらにもカウントされていない。
ただ、魔力を通しただけ。
まるで花粉を運ぶ虫のように。

「魔力の媒介者、ってところか」

《リース&バンス》は魔力を媒介するスキル。
実戦でどう使えるかは、まだ見えない。
だが、効果が判明しただけでも十分な収穫だ。

「さて……。スキルの実験も終わったし、こいつらを片付けるか」

   ▽

「す、すごい……あのゴブリンをあっという間に……」

回収(レトリーブ)

……ゴブリン2体から、魔力を200奪う。
これで保有魔力は448。

魔力30だった頃と比べると、成長は目覚ましい。

(今までの苦労が、嘘みたいだな)

あまりの順調さに、思わず苦笑する。

「今回も助けていただいて、ありがとうございます」

「いや、俺もあんたに助けられた。感謝してる」

「えっ? 私が……ですか?」

心当たりがないのだろうか?
顔を少し傾げた。

「物が落ちる直前に引っ張ってくれただろ」

「あ、あれは……。あなたが戦ってくれたことに比べれば……」

「いや、あのままじゃ俺の脳みそが散らばってた。決して些細なことじゃない」

「……そう言ってくださり、ありがとうございます」

彼女は頬を掻きながら、照れくさそうにしている。

「そうだ。あんたが助けてくれた礼、何かしたいんだが」

「えっ?」

「頼みたいことがあったら、何でも言ってくれ」

「……えっと、今ですか?」

戸惑いの表情。
訳が分からなさそうだったので、理由を説明する。

「出口までの道順を教えてもらったら、そこで別れるだろ? だから今のうちに恩を返したい」

「………………」

かなり悩んでる様子だ。
よほど言いづらいのか。

「どんな願いでもいい。気兼ねなく言ってくれ」

「……あのっ、それなら――」

彼女はまっすぐこちらを見た。

「やっぱり、私に案内をさせてください」

……断ったはずの申し出。
なぜ、そこまでして?

「……どうして、そんな願いを?」

「………………」

彼女はゆっくり上を向いた。

「ここって、青空が見えないですよね」

「え、あぁ……たしかに?」

「木々が覆い尽くしていて……見えるのは、隙間から差す光だけ」

「…………」

しばし沈黙。
風が葉を揺らし、さらさらと音を立てる。

「この景色は、一年間変わらず同じでした」

その言葉に振り返ると、彼女は憂いを帯びた表情をしていた。

「そんな景色を見ていて、気づいたんです。私、孤独なんだなって」

……孤独。
その言葉で、過去の記憶が蘇る。
相棒《フォン》に出会うまでの、独りだった時間。

「最初は森のせいだと思ってました」

彼女は目を伏せる。

「でも、振り返ると……。今まで、まともに会話してくれた人なんて、いなかった」

「故郷でもか?」

「はい。たまに話しかけられても、罵声ばかりで」

……孤立。周りは敵に囲まれ四面楚歌。
重なる。かつての自分と。

「だから、あなたに会ったとき衝撃でした」

「?」

「私を助けてくれたこと。.....そして何より、下心なく話してくれたこと」

彼女は振り返る。

「全部が新鮮で……初めて、もっと一緒にいたいって思えた」

張り詰めたような真剣な眼差し。

「だから、お願いです。私に案内させてください」

彼女は深く頭を下げる。

「私に、“最後”の思い出をください」

ぽつりと落ちた涙が、地面を濡らす。
最後……。
つまり、この先に自分の未来はないと感じている。

――この女は逃亡中だと言っていた。
.....もうすぐ追手に殺されることを悟っている?
いや、あるいは......。
毒ポーションを使って、自らの手で.....

一年もここにいれば、精神が壊れてもおかしくない。

「俺が断った理由だが、人目を避ける以外にもワケがある」

彼女は拳をぎゅっと握りしめながら傾聴する。

「俺は、追われている身だ。あんたを巻き込むかもしれない」

「……構いません」

「自分の命が惜しくないのか」

「一番怖いのは、独りで死ぬことです。あなたの役に立てるなら……孤独ではありませんから」

「……分かった。ただし、条件がある」

「何でも受け入れます」

即答か。

「案内の間、俺があんたの護衛をさせてもらう。それが条件だ」

「えっ?」

彼女は顔を上げた。

「されるだけじゃ気が済まねぇ。せめて、案内中ぐらいは守らせてくれ」

しばし沈黙の後、彼女はふっと笑った。

「……すみません。お互いの要求が、相手のためってのが可笑しくて」

「俺も、こんなの初めてだ」

いつもなら、一度断ったお願いを引き受けたりはしない。

――きっと、彼女の過去と自分を重ねたからだろう。
命を絶とうとしていた、あの頃の自分と。
彼女の頼みは、最後のSOSに見えてしまった。

「よろしくお願いします」

彼女は、曇り一つない笑顔だった。
....だからこそ、今からの質問は少し心が痛む。

「ところで、話は変わるが……」

辺りを見回す。
念のため、場所を移すべきだ。

「落とし物について、聞きたいことがある。……ここじゃアレだから、別の場所でいいか?」

俺は近くの洞穴を指さす。

その瞬間、彼女の表情が凍る。
きっと気づいたのだ。
――あの洞穴にあった、毒ポーションのことに。

その反応で確信する。
あれは彼女のものだ、と。

俺は禁忌へと踏み込んでいく――
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