相棒をS級勇者に奪われた俺、スキル【力の前貸し】で勇者を破滅へ導く!~全てを負債地獄に叩き落とし、新たな魔王として君臨する!

第21話 底知れぬ男

◇ラミア

お腹を刺された。
全身の神経が、拒絶するかのように痛み。
逃げようとしても、両手は押さえつけられ、動かせない。
――だが、今は自分の痛みよりも、もっと深刻なことがある。

「わたしが……いつ……あなたを……だまそうとしたっていうの……?」

「白々しいな。最初からだろ」

「……っ!!」

「あんたの当初の目的は、俺のスキル情報を魔王に渡すことだったんだろう?」

――そう。

この男は、私の行動のすべてが“組織のため”だと見抜いていた。
しかも「当初」という言葉をわざわざ使った。その意味は……。
まさか、途中で目的を変えたことまで気づかれている……?

「とう……しょ……?」

「そう。スキル情報を盗むのは、あくまで“当初”の目的。途中から、あんたの狙いは――俺とルーナの抹殺に変わった」

「ふふ……あくまで……私が、だまそうとしたって……言いたいのね……そこまで言うなら……証拠はあるのかしら?」

「すぐに分かるさ。――女の斜め隣にいる分身、そいつの体を徹底的に調べろ」

オークの一人が近づき、私の体をまさぐり始めた。

――まずい。

あれを見られたら、組織の情報が洩れてしまう。

「ぐっ――!」

必死に体を捩じる。掴まれた手が千切れそうになりながらも、逃れようとした。
だが、無情にも抵抗は実らず、それは敵の手に渡る。

「……紫色のポーション。つまり、猛毒」

……終わった。
命よりも守るべき情報を、奴に渡してしまった。

「これは十分な“証拠”になるよな?」

……言い逃れは、もうできない。

「こんな暗殺用の毒、普通なら俺に話すはずだ。隠し持ってたことがバレた時点で、取引なんて破綻するからな」

男は冷ややかに畳みかける。

「だが、あんたは明かさなかった。……俺たちを、これで速やかに“消す”ために」

ポーションを奪った分身が、容器の蓋を開ける。

「その……ポーション……どうするつもり……」

「あんたがやろうとしたことを、そのままやるだけだ」

オークが私の口をこじ開けようとする。
もう一体は、いつでも毒を注げるよう、容器を傾けて構えていた。

....抵抗しなければ。唇に力を込める。
だが――

「リース&バンス」

呪文が唱えられ、オークの力が一段と強くなった。
そして――口が開かれる。
その瞬間、ポーションが私の口元に傾けられた。

「ごふっ!!……がっ……あ゛」

紫の液体が線を描くように口へ注がれ、喉の奥へと流れ込む。

「あ……あ……っ」

容器が空になるまで、しばらく注がれ続けた。
次第に、体全体が熱くなっていく。
息を吸うたびに、肺が針で刺されたような痛み。
体は意思と無関係にけいれんを起こし、毒が体の内側から蝕んでいるのが分かった。

「やはり、思った通りだ」

私を見下ろしながら、男がつぶやく。

「ルーナが毒で人間に戻った時から、察してはいたが。……やはり猛毒には、MPを大量に消費させる性質があるらしい」

――MPを、大量消費……?

(……まさか、これで“利子”を――)

直接殺さないで、わざわざ毒を用いた理由が分かり戦慄する。

  ▽

どれだけの時間が経っただろう。
毒に蝕まれ、時間が永遠のように感じられた。

そんな中、様々な思考がよぎる。
死への恐怖。任務を果たせなかったやるせなさ。
だが、最も強く頭を占めていたのは……

「ど……うして……わたしの目的を……」

見抜かれたのか、だ。
これを聞かずして死ねない。

「俺が気づけた理由か?……いくつかあるが、一番は“情報の格差”だな」

情報の……格差?
男の言葉に、頭が混乱する。

「きっかけは、ルーナがハイオークを前にして言った――”追手がここまで来るなんて”という台詞」

「……………」

「それに対するハイオークの“反応”が、あまりにも不自然だった」

そうだっただろうか?
私は後方から尾行していたのだ。
声までは聞こえなくとも、様子ははっきり見えた。
そんな私が見ても、別におかしな素振りは....。

「奴はルーナが追手と認識した相手。なのに、奴自身はルーナに"無反応”だったんだ。....おかしいと思わないか?」

....!?
そんな些細なことに気づくなんて...。

「追手ならルーナの顔を認識していないといけない。顔を知らなければ、探しようがないからな」

男は淡々と推測を続ける。

「そこで、俺はある仮説を立てた」

仮説……?嫌な予感がする。
この男、まさか組織の重大な”思惑”まで見抜いて――

「魔王は下っ端に、ルーナを知らないまま殺させたかった、という説だ」

「な……何を言ってるの……?ターゲットを知らなきゃ……殺せるわけが……ない」

「いや、こう命令すれば可能だ。.....”この森に住まう人間どもを蹂躙しろ”と」

......ハイオークが明かした命令と一致する。それがこの男の根拠という訳だろう。

「これなら顔を知らなくても、大軍の誰かが殺せる確率が上がるだろ?」

(…………)

私は心の中で舌打ちをする。
あのバカが余計なことを漏らしたせいで、“思惑”に気づかれてしまった。

「....そして仮説の検証過程で、あんたの狙いもルーナと俺の抹殺であると気づけたってわけだ」

「けん……しょ……なにを…したの…?」

恐らく、私も見落としていたこと。....知りたい。
なぜ、この男に知略でも通じなかったのか。

「ハイオークとあんたの前で、あえて"ルーナ”という名前を呼んでみたんだ。案の定ハイオークは無反応だが、あんたは違う。わずかに視線が動いた」

(……っ!!)

「実際、その直後だったよな?あんたが嫉妬に見せかけて俺に襲いかかったのは.....」

悔しいが事実に基づいた仮説のため、反論する隙がない。

「つまり“ルーナ”という機密が、それほど重大だったってことだ。元々の任務、スキル情報の奪取を放棄するぐらいにはな」

まさか、私の優先順位にまで踏み込まれるなんて。
.....それに、”見せかけて”と言った。
嫉妬という個人の動機を演じて、組織と切り離す意図もこの男にはバレていると言っていい。

「よって、A級勇者のヤクの捜索も、機密を伏せたまま大軍を動かすための建前なんだろ?」

――この男、一体どこまで見抜いているの……?
体が毒以外の理由でも震える。

「質問には答えた。今度はこっちの番だ」

冷たい視線が、私を貫く。

「名前で初めて反応したということは、優秀なあんたですらルーナの顔は知らなかったということ。……つまり、その顔自体が一部しか知らない機密なはず」

より一層、男の顔が険しくなる。

「そこで、質問だ。ルーナの顔を知っている奴は、この森に来ているか?」

「………………」

「だんまりかよ。……あくまで、魔王軍としての責務を貫くんだな」

しばらくして、男が手を掲げる。

「レトリーブ」

「……!?」

私の魔力が、お腹の出血のように流れ出ていく。
しかも魔力の色は、漆黒色に染まっていた。
やはり、スキルには魔力の種類を変える何かがあるのだろうか?
……そう考えているうちに、魔力の流出は徐々に細くなっていった。

そして――

「これで、魔力4000はすべて奪った」

男の言葉と共に、流れは止まる。

「これ以上、あんたに用はない。――ここで始末させてもらう」

手のひらに、小さな火球が生まれた。それはみるみるうちに成長し、ファイヤーボールへと姿を変える。

(……私も、ここまでね)

目を閉じる。

だが、中々火の玉は降りかかってこない。

「召喚解除!」

男は焦った声でそう唱えた。
その瞬間、オーク達が消える。
拘束が解け、刺さっていた鉈もなくなる。

体はそのまま、重力に任せて倒れ――後頭部を地面にぶつけた。

「…………」

息が浅い。
吐くたびに、笛のような音が混じる。
きっと毒の進行で喉がやられたのだろう。
...視界も暗くなる。鉈が抜けたことで、出血が進んだせいだ。

だから私は、聴覚だけを頼りに状況を確認する。

....どんどん遠ざかる足音。

(.....男は逃げたのかしら?....でも、どうして?)

不意に足音が止む。
恐らく、男とルーナがどこかの物陰に潜んだ。

まだ何か……情報は……掴めないか……。

僅かな音でも逃さぬよう、耳を研ぎ澄ます。
すると、微かに風切れのようものが聞こえた。

「.............」

何かが、急速にこちらへ近づいてくる。
その刹那――

「.....無事、ですか?」

凄まじい風ともに、ある者が駆けつけた。
....吹き荒れる風が、体をスッと通り抜ける。
この蒸し暑い環境下では、とても爽快感があった。

――遅いわよ、ビットナイト様。

やがて心地いい風が止む。

「あぐっ.....」

ドサッと人間を放り落とした音。
そして今度は、私の頭が優しく持ち上がる。
頭部は腕に抱えられた。

「そなたが、こんな姿になるなんて……一体、何があったのです?」

「……あ゛っ……がっ……ぐっ……」

声にならない。
でも、伝えなきゃ――

私達の脅威になりうるスキルがあること。
近くにターゲットのルーナが潜んでいること。
そして何より.....。
恐るべき洞察力を持った、あの男のことを!!

「……がっ……ぐっ……う゛っ!! ガハッ――」

無理に声を出そうとし、血を吐く。

....声を発することは諦め、今度は手を使う。
ビットナイトの体に、指で文字をなぞって伝えるために。

「……あ……あ……」

手に力を込めようとすると、腕が痙攣(けいれん)する。
これでは、文字にならない。
けれど、続ける。何も残せないまま、死ねないから。

「もうよいのです。...そんなに苦しまなくても」

私の手がそっと、ビットナイトの両手で握られる。

「……最後までよく戦ってくれたのですから」

「あ……あ……」

「美しき兵士、"メレシス"。そなたは魔王軍の誇りです」

真名を呼ばれ、張り詰めていた緊張が切れる。
私は....そっと目を閉じた。

「ですから、どうか安らかに眠りなさい。仇は――必ず、取りますから」

その言葉に、微笑みを返す。
そして、最後に心の中で――

えぇ……あなたたち魔王軍の勝利を、信じてる。

そして――願っているわ

魔物の繁栄を

......私は、安心して意識を手放した。
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