恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない

第五話


 さわやかな、秋晴れの土曜日。
 校庭では、全生徒と教職員を東西の二チームににわけた体育祭が。
 盛大に開催されている。

 僕たち『放送部』は、機器の設営さえ済ませれば。
 あとは、体育祭実行委員のみなさんが。
 進行や実況、音楽などの一切を担当してくれる。
 とはいえ、一応。
 『委員会』兼務でもあり、またメカの非常事態に備え。
 玲香(れいか)ちゃんが大会本部用の、テントに待機している。

 文化祭実行委員は、体育祭の実施中にもかかわらず。
 明日の本番に向けた準備やらなにやらで、任務が山積みらしい。
 ということで都木(とき)先輩と春香(はるか)先輩は、本日はいったりきたりの大忙しだ。

 波野(なみの)先輩は、僕を手伝うんだといい張ったものの。
姫妃(きき)お願い! 中庭のステージの設営が危機なの!」
 春香先輩が、韻を踏んで呼びかけて連れていった。
 そして、三藤(みふじ)先輩と高嶺(たかね)。僕を含めた『残り』の三人には……。
 またまた『極秘任務』が与えられた。


「……って、こんなの極秘でもなんでもないし!」
「誰も手伝いたくなかっただけ、でいいんじゃないかしら?」
 ふたりが、死んだ魚の目みたいな感じで僕を見る。
「う、海原(うなはら)君はそんなこと思わないよねぇ〜」
「そうだよ、委員長だもんね〜」
 藤峰(ふじみね)佳織(かおり)高尾(たかお)響子(きょうこ)の、大人のふたりが。
 無駄に、僕に愛想をふる。
「……先生がたとは、永遠にわかり合えないと思います」
「えー、ひどい!」
「横暴だよ、それ!」
 いまは、なんといわれようが構わない。
 それに、僕は現在の進行状況もさることながら。
 競技後の苦情受付を担当させられないかと、気が気ではない。

 委員会担当『教師』の提案種目は、パン食い競争だった。
「海原君、承認印を押したじゃない」
 藤峰先生、それは認めますけどね。
 でも、まさかこんなことになるなんて……。



「……さすが藤峰先生と高尾先生だ。スケールがデカい!」
「えっ?」
 先週、体育祭実行委員長の長岡(ながおか)先輩と話したときの違和感に。
 僕はもっと、ツッコムべきだった。

「どういうことなの、海原くん?」
 ……三日前に、三藤先輩が昨日はなかった書類があるといいだして。
 先輩と僕は、それを聞いてコソッと部室から逃亡しかけた先生たちを捕獲した。

「『二十人』で申請されたはずの競技が、『二百人』に変わっていますけど?」
「そ、そう……? 誤植に気づかなかった委員さんがいたんじゃない?」
「さ、参加者は集まったみたいだよ?」
 それから、先生たちは。
 一度でいいから、大勢でパン食い競争をしてみたかったと白状した。

「どんな動機ですか、まったく……」
 大人たちは、そんな僕のことは華麗にスルーしてたくせに。
「あいにくですが、『あんパン』の予算は二十人分しかありません」
「ちょ、ちょっと月子ちゃん! それって!」
「ねぇ! 大丈夫だよね?」
 先輩が伝えた、現実にはやたらと反応している。
「いや。いまさら、予算を増額するなんて不可能ですけどね……」
 僕がそこまでいいかけたところで、この大人たちときたら……。

「もちろん『こしあん』だよね!」
「は?」
「ちゃんと『つぶあん』頼んでるよね!」
「へ?」
 ……そのあと、しばらくのあいだ。
 僕は家に帰るといって聞かなかい先輩を、なだめるのが大変だった……。



「……もう、海原君! ちゃんと変えたからいいじゃないのー」
 体育祭の現実に戻って、藤峰先生が無駄なウインクをしてから僕を見る。
「無駄口はいいから、早く切り終えるわよ」
 軍手をして、警棒みたいな長さと硬さのフランスパンに挑みながら。
 三藤先輩が、僕たちを見る。
「ほんと、これもうパンじゃなくて武器ですよね〜」
 高嶺、お前が振り回すと凶器でしかない。
 た、頼むからやめてくれ……。

「フランスパンじゃなくて、ドイツ風バタールなんだよ……」
「そうそう、失敗作……じゃなくて試作品だから。安くしてもらえたでしょ!」
 高尾先生、あともう一回藤峰先生が手柄をほめろといっている。
 どんなコネクションなのかは、知らないけれど。
 確かに二百人分のパンは、手に入った。
 そ、それにしても……。


「『ちょっとだけ』、闇鍋的な要素を足してみるよ!」
 スライスしても、歯が折れそうなくらいハードなパンを。
 僕たちは開き直った大人が混ぜた、『特殊溶液』につけてやわらかくしている。

 まぁ、食べるのは僕じゃないんで。
 歯が折れるよりは、体調不良とかのほうがまだ……。
 ましなのか、本当に?

「ゴゥワッググ……」
 なに? いまの新種の獣みたいな声?
「ま、まずっ! なにこの味! なに入れたんですかっ!」
 高嶺の口に味見のパンを突っ込んだ藤峰先生が、めちゃくちゃ怒られてる。

「イチゴ牛乳と、ナンプラーを混ぜているのは見たわ……」
 イワシを発酵させて作る、タイ料理定番の調味料。
 三藤先輩が、いうとおり。
 強烈な臭いを発する大きな空瓶が、机の上に三本も並んでいる。
 ラー油、激辛チリパウダー、ニンニクチューブ、その辺りがかすむほど。
 緑色とか、紫色とか、見たことないない色をしたスパイスと……。
「えっ、マヨネーズもですか?」
 ほかにも、豚骨ラーメンのスープとか。
 うぇぇ……。なにそのネバネバした物体……。

「ほら急いで! 直接釣り下げて地面に落とすのは、食べ物に失礼でしょ!」
 藤峰先生が、この状況下では説得力ゼロに等しいことをいう。
 ……死人が出る、競技だな。
 僕はそんなことを考えながら、無心で。
 そんな悲惨な溶液に漬かって、ふにゃふにゃになったパンを袋に詰めていた。



「……それでは委員会担当『生徒』考案の、パン食い競争をはじめま〜す!」
「藤峰先生が、裏切ったわ……」
 冷静な三藤先輩の声が、二段階ほど低くなる。
「釣り下げたパンは、必ず食べ終えてからゴールしま〜す!」
「高尾先生が、鬼すぎる……」
 高嶺もさすがに、思うらしい。

「ねぇ、さっきからなんでこんなにクサイの?」
 休憩にやってきた波野先輩、メインテントではいえません……。
「嫌な、予感がする……」
 玲香ちゃんは、たいてい正しい。


 事前に、藤峰先生から。
 面倒だから、五十人ずつやるねと聞かされていた。
「テレビは匂いがわからないから、料理を食べるときはリアクションが大事」
 どうでもいいことが、名言に思えてくる。
「それでは、一回戦スタートっ!」
 第一陣の、悶え苦しむようすを見て。
 隣の三藤先輩が、ボソリとつぶやいた。

「わたしは、読書派だけど。でもいまは、映像化したものも見てみたいわね」

 パンを食べるだけじゃつまんないな〜と思っていた、善意の見学者たちは。
 四度にわたって繰り広げられた地獄絵図を見て、大いに盛り上がった。
 おまけに風向きによって、観客席の一部も被害にあった。
 だがそれがまた、他の参加者にはウケたらしい。



「高校生の感性って、わからないものね……」
 ……三藤先輩も同じ、高校生だけれど。

 とりあえず、パン食い競争は。
 食べ物を無駄にせず、終えることができたようだ……。



< 10 / 28 >

この作品をシェア

pagetop