恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない
第二話
飲み物を買いにいくと、いったのに。
財布を置いた、ままだった。
わたしは中央廊下を過ぎて階段を降りてから、情けないことに気がついた。
あぁ、最悪……。
とりあえず、講堂にでもいこう。
あそこなら、座って考えられる。
いき先が、決まったわたしは。
教室の呼び込みに捕まらないように、やや早足で廊下を進んでいく。
「……女子、可愛かったよな〜」
「いいよなぁ〜。ああいうの」
「あぁ、『文化祭デート』。ご馳走さんです」
目の前に、見学にきた中学生の子たちが歩いてきて。
道を譲っていると、隣で立ち話し中の男子たちの声が聞こえてくる。
きっと、この先に誰かいるんだろう。
まぁわたしには、関係ないけどね。
というか、中学生いるんだから。声とか、小さくして欲しいよね!
そう思いながら、先を急ごうとしたところで。
「えっ?」
「あっ……」
陽子先輩が、『男子』とパンフレットを見ながら。
ふたりで並んで、歩いていた。
「あ。あのね由衣ちゃん……」
「えっ、『機器部』の後輩さん?」
誰だか知らないけれど、気安く『機器部』とかいわないで。
しかも、わたしは。
あなたの後輩では、ありません。
「急ぐんで、失礼します」
「……え。ちょ、ちょっと由衣ちゃん!」
引き続き、なんだか声が聞こえたけれど。
わたしは、もっと早足で。
ひとりで、講堂へと向かっていった。
……講堂に着いたわたしは、、後列の空いている席に座わると。
バイオリンをやっているという子の、ソロを一曲、聴き終える。
次の曲の準備に入った、そのとき。
背中をそっと叩かれて、振り向くと。
イタズラっぽい笑顔が、こっちにおいでよと誘ってきた。
「客席で聴きたかったんなら、ごめんね!」
本当はダメなんだけれど、この人たちには関係ないね。
おいしそうなパンをいくつも広げて、『女子三人』がわたしを見る。
「響子が、誘えってうるさくて……」
「でも佳織が、そっとしておいてもいいんじゃないかっていってね……」
「結局、先生たちじゃらち開かないんで。わたしが決めた!」
そういって美也先輩が、明るい笑顔で教えてくれた。
「あっちはどう? 海原君がカリカリしてない?」
「藤峰先生と高尾先生。ふたりのせいでもありますけど!」
「うん、だからね。反省はしてるよ」
その笑顔で、本当かなぁ?
「だけど、あのふたりでしょ」
「まずやってみたら、来年また考えるかなって思ったの」
……えっ。来年のことまで?
「この学校も、部活も。ほら、変わっていく時期でしょ?」
「だからまず、やり切ってもらおうと思ったんだよねぇ〜」
ただ押し付けているわけじゃないとは、わかっているつもりだった。
だけど、そんな先のことまで考えていたの?
なのにわたしは。
目先の仕事が多いことしか、見ていなかったってこと?
なぜだか、涙が出てきた。
気持ちを吐き出さずには、いられない。
「でも、でもアイツも月子先輩も。すっごく大変そうなのに、休まないし。文化祭当日だって別のことずっと、やってるんですよ!」
あぁ……。もう、とまらない。
「なのにわたしは、役に立ってないし! ぜんぜん、そばにいても……。役に立てないし、ちっとも手伝えていないんです……」
曲が終わり、講堂の中で拍手が響いている。
美也先輩が、そっと立ち上がり。
窓からきちんと、ステージのようすを確認して。
それからわたしを見て、こんなときなのにごめんねって目で伝えてくれる。
あぁ、ここにもちゃんと。
目立たないけれど、誰かのために仕事をしている人がいるんだ……。
「ねぇ、由衣ちゃん。姫妃ちゃんのお母様が、いらっしゃったんじゃない?」
「ど、どうしてそれを?」
それから藤峰先生が、静かに語り出した。
……演劇部のふたりが、怪我をしたあとのこと。
わたしは、響子とふたりで。
部長と姫妃ちゃん、両方の保護者のかたたちと話し合ったことの話しをした。
校長は遠方に出張中で、どうやっても時間的に戻れないことをまず詫びて。
あらためて謝罪に伺う意向だと、お伝えした。
校長はわたしたちふたりの判断で、学園祭を中止にしても構わない。
責任は自分で取るから、心配するなと話していた。
「だけどどちらのお母様もね。それは不要だとおっしゃられた」
響子が、話しを補足してくれる。
……不慮の事故だし、怪我は治る。
でももし学園祭が中止になれば、心の傷が残ってしまう。
姫妃ちゃんのお母様は、わたしたたちに。
「それを治せる先生は、学校にらっしゃいますか?」
とてもまっすぐな目で、問いかけてこられた。
部長の子は、『名誉の負傷だから』といって。
だからお母様も、一年生をかばった娘を誇りに思うと。
静かに、お話しされていた。
姫妃ちゃんについては、知ってのとおり。
みんな腕もだけれど、それ以上に『顔の傷』を心配していたわよね。
……そこまでいうと、なぜか、響子先生が笑って。
つられて、話していた佳織先生も、笑い出した。
なんで?
いま、深刻な話しじゃないんですか?
「ごめんね由衣ちゃん。あなたも聞いたら、笑うかあきれるしかないわよ」
傷は、顔というよりおでこのところだったのが少し安心で。
でも、結構深くて。
このあとどうなるかと、みんな深刻に考えていた。
ただ、そのとき……。
「でも、なんて呼ぶのか知らないけれど、おでこを出す髪型で演技するのは……」
「覚えてる? 月子ちゃんが夏に私服でイメチェンしたときのこと?」
「あ。もしかして……」
「そう、『ポポポポポポポ、ポニーテール!!!!』ってやつ!」
「よっぽど強烈だったのよねぇ、彼」
「だから、おでこを怪我したのを見て。思い出したんだろうねぇ〜」
ついに美也先輩も、つられて笑い出した。
やっぱり海原は、バカだ。
アイツは……。
バカすぎる……。
「でも、それで波野さんのお宅は『救われた』そうよ」
「え? バカだからですか?」
「う〜ん、ちょっと違うかな?」
……もう二度と、舞台や演技が『できないかも』じゃなくて。
「おでこを出す髪型で『演技する』のは……」
アイツにとっては。
将来舞台に立ったり、演技している姫妃先輩の姿が当たり前で。
ただ、『もしかしたら』おでこは出せないかもって、心配していた。
だから、勇気が出た。
むしろ勇気しか、出なかった。
「最低鈍感男が、希望を与えたってことですよね……」
「由衣、容赦ないねぇ!」
そういうと美也先輩は。
わたしを、思いっきり抱きしめてくれた。
……彼は、真面目すぎるところがあるでしょ?
……だから、忙しすぎるぐらいにさせておけば、罪の意識が紛れるかなって?
……あと月子ちゃんも、似たようなものじゃない?
……でも、そんなことができるのはね。
……佳織先生は、わたしに無駄に右目でウインクしてから。
「それを由衣とかがしっかり、支えてくれているからだって」
響子先生が、ぴったりの呼吸で。
「わたしたちは、わかってるからね!」
そういって、また暑苦しいくらいに。
しっかりと、わたしを抱きしめてくれた。
……早く、放送室に戻って。
姫妃先輩のお母さんに、もう一度きちんと挨拶しよう。
妙な、いいかただけれど。
あのお母さんが、事故で落ち込むアイツの背中を支えてくれた。
それに、わざわざ文化祭にきてくれたのは。
これからも応援していると、そう伝えにきてくれたからだ。
「……お、お財布忘れてました! 『波野先輩』、ごめんなさい!」
わたしは、下の名前を聞きそびれていたから。
放送室の扉を開けた瞬間、
大きな声で、姫妃先輩の『お母さん』にそう叫んだ。
「あら。『やっぱり』放送部ね、由衣さんも」
「は、はい!」
「……やっぱり?」
姫妃『ちゃん』が、お母さんにそう聞くと。
「だってあなたも、よくお財布忘れるじゃない。昔から各学年に、そういう子が必ずひとりはいたのよね〜」
「え、ママ?」
「えっ、……ってことは」
「姫妃と由衣は、似たもの同士ということになるわね」
月子先輩に、そういわれて。
わたしたちふたりは、思わず同時に。
「絶対い・や〜!」
思いっきり放送室で、絶叫してしまった。
……娘は、これでもう本当に大丈夫ね。
聞いていたメンバー全員とは、会えなかったけれど。
それでもこの子たちがいれば。
姫妃も、放送部も心配はない。
いえ、心配事はあるわね。
そう、海原君。
あなたはこの先、いったい……。
「……聞きおよぶところ、放送部に随分とお妃候補が多いと聞いておりまして」
そういえば、以前彼とはそんな話しをしたわね。
「……この目で、しかと拝見させていただきますね」
あら、まぁ。
困ったわ、そういえば……。
……気づいただけでは、終われない。
なんといいましょうか。
せっかくですから。
このあと『あの先生』とも、お話して帰ろうかしら。
わたしは、そんなことを考えながら。
後輩が差し出してくれた、和菓子を手に取り。
別の後輩が、淹れてくれたお茶を。
ありがたく、頂戴した。