恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない

第四話


 波野(なみの)先輩の、お母さんを見送りに。
 娘本人に加えて、なぜか高嶺(たかね)がついていった。

「なんだか急に、愛想がよくなったわね」
「差し入れのクッキーが、おいしかったからじゃないの?」
 三藤(みふじ)先輩の疑問に、ズバリ玲香(れいか)ちゃんが答えている。

海原(うなはら)くんは、いかなくてよかったの?」
「明日の病院の付き添い、誘われてたからいいんじゃないの?」
「それはわたしも、あなたも誘われたじゃない」
「わたしたちは辞退したけど、(すばる)君は断らなかったもんねー」
「そうね。海原くんでは、あの母親には勝てないわよ」
 ……あ、あの。
 好き勝手いってますけど。
 僕も同じ室内で、空気吸ってるんですけど?


「そういえばさ! ふたりとも一回くらい、見にいかなくていいの?」
「えっ?」
「へ?」
「だって、委員長と副委員長だよ? 見てないのに、報告書作れるの?」
「い、忙しいし。なんとなくでもいいんじゃ?」
 玲香ちゃんは、なんだかそれは不満らしい。
「昴君、ちゃんと回んないとダメだよ!」
「ええっ……。書類いっぱいあるんだよね……」
「そ、そうよ。山積みなのよ」

 このとき、玲香ちゃんはいったいどんな『作戦』を立てていたのだろう?
 とにかく、いい出したら聞かない性格なので。
 僕たちは結局、視察にいくことになってしまった……。


 三藤先輩と、並んで歩くと。
 あちこちから、驚きの視線が飛んでくる。
 放送部員として一緒に過ごしていると、完全に忘れてしまうけれど。
 そうだ。委員会の人たちには、少し例外があったけれど。
 三藤(みふじ)月子(つきこ)というの存在は、本来。
 歩かないし動かない、おまけにしゃべらないキャラで超有名人だ。

「……その表現、少し誇張しすぎじゃないかしら?」
 僕にしか聞こえないように、してくれるのはいいんですけど……。
 その声を聞こうと、耳を近づけないといけなくて。
 先輩の髪の毛に当たってしまいそうで、緊張します。

 周囲からの視線を感じるが、この『小道具』のおかげか。
 どう見ても、『文化祭デート』とは思われないだろう。
 僕の腕には、委員会の腕章。
 手元には、プログラムを挟んだだけだけど、大きくて真っ赤なバインダー。
 そして、肩からかけているのは……。
「こ、こんなのいるの?」
「え〜、視察でしょ、視察!」
 なるほど、玲香ちゃんと高嶺のイタズラはこれだったのか。
 僕は、『視察中』とピンクの文字でデカデカと書かれた。
 金色の大きなタスキを、肩からかけて。
 三藤先輩とふたりで、廊下を歩いている。
 唯一の幸運は、自分の姿を、僕自身が見なくて済むことだが。
 その分、先輩は歩数の分だけ。
 沈黙する時間が、伸びていく。

「……せ、先輩は。僕と一緒に歩いて、恥ずかしくないですか?」
 僕はなんとか、会話をせねばと勇気を出して聞いてみる。
「……そ、それは。『どちらの意味』で聞いているの?」
「へ?」
 どういうことだ?
「タスキなしと、タスキありで、ですか?」
 すると三藤先輩は、いつものようにため息をつくと。
「……もう、答えなくていいわよ」
 これまた聞き慣れてきた感じのことを、僕に告げる。
 あぁ、せっかく話しを振ったのに。
 聞くだけ、無駄だったじゃないか……。




 ……まったく。
 タスキの有無なんて、無しがいいに決まっているじゃないの。

「僕と歩いて、恥ずかしくないですか?」
 いきなり聞くもんだから、相当焦ったじゃない。

 海原君の質問が、最近わたしの心をよく驚かす。
 でも、わたしの思い違いも毎度のことで。
 あぁ、きょうもまた、勘違いしてしまった……。


 並木道の『出店通り』に、視察にいくことになり。
 玄関で革靴に、履き替える。
「こ、校舎を出るから。そのタスキは外してもらえないかしら?」
「やっぱり、先輩も恥ずかしいんじゃないですか!」
 そうね、タスキは相当恥ずかしい。
 あとで玲香と由衣に、たっぷり文句をいうわよ、絶対。

 ただ、お願い。
 委員会の腕章は、つけたままでいて。
 それさえあれば、ほら。
 これは『文化祭デート』ではなくて、ただの視察だと。
 海原くんと歩いていても、『恥ずかしくない』から……。




「……海原くーん!」
 ……えっと、あれは。前作でもチラリと登場していた。
 三組の、女の子です。
「たこ焼き買って〜、い、いかないねぇ……。ご、ごめんなさい!」

 同じクラスのサッカー部の、女子マネージャーも、
 四組の陸上部の、女の子も。
 なにかを売ろうとしては、消えていく。
「もしかして、買うお金がないと思われてるんですかねぇ?」
 どうしてみんなが遠慮するのか思い当たらず、口にしたのだけれど。
 ……って。
 えっ……。

「随分と、女の子に顔が広いのね……」
 ふ、藤色の怒りのオーラが。
 僕の真横からものすごい量で、湧き出ている……。

「三藤先輩、し、視察ですからね」
「わたしは、そのつもりでいるわよ」

 え、笑顔までは求めませんから……。
 せめてそのオーラを出さないで。
 く、くれませんでしょうか……。


「あのぅ……」
 突然、死神のような声がした。
 まぁ、死神にはまだ。会ったことはないのだけれど。

「ひ、ひとついいですから……。買ってもらえんませんか……」
 なんだ、死神じゃなくて山川(やまかわ)か。

「……貧乏神、みたいだったわね」

 どっちにせよ、ろくな神様じゃない。
 珍しく山川が、三藤先輩に反応しなかった。
 それくらいアイツは、既に疲れ果てていた。

「……海原くん、本当に食べる気なの?」
 三組の女の子に勧められたたこ焼きは、それなりにおいしそうだった。
 にも関わらず、男子バレー部のそれは……。
「紫色のたこ焼きって、世の中に存在するのね」
「ちなみに、タコ入っていないらしいです」
「もはやたこ焼きとしての存在意義、どこにもないじゃない……」
 死神、いや貧乏神。
 どっちでもいいけど、山川から。
 タコのない、紫色の、ビックバン寸前の球形みたいな塊を。
 頼むから買ってくれと、泣きつかれた。

「海原くんは、大人になっても友達だからって。お金貸したりしたら絶対ダメよ」
 山川は、最初。それは百五十円だといってきた。
「親友価格で、百円にするからさぁ……」
 三藤先輩が、冷たい目で僕を見るので。
 それを値切って、五十円で買った僕だけど。
 三藤先輩の助言を、忘れないようしようと心に刻む。

「先輩、まずはおひとつ。いかがですか?」
「タコの入ってないたこ焼きなんて、絶対食べないわよ」
 では、タコさえ入ってたら。
 たとえそれが紫色でも、食べてくれるのだろうか?

 怖くて、聞けない。
 でもどうしたらいいんだ? 
「ちょうどいい人が、こちらにくるわよ」
「へ?」
 お母さんが、バスに乗ったのだろう。
 並木道の奥のほうに、波野先輩と高嶺が見える。

「あ〜。委員会の仕事しないで、あ・そ・ん・で・る〜」
 波野先輩は、そういいながらも。
 ちゃっかり目線で、僕が手に持つ異物を確認して一歩後退している。
「距離、近いし! ちゃんとタスキ、つけなよね!」
 高嶺は吠えながら、ガッツリ目線で獲物を捕獲しているらしい。
「ほれ、おごりだ」
 まさかと思いつつ、手元の物体を皿ごと渡すと。
 アイツはまとめてふたつずつ、口に入れながらあっというまに食べ終わった。

「……ところで、これなに?」
 八個すべてを、食べ終えてから聞くなよな……。
「山川特製の、たこ焼きだ」
「ウゲッ、や、山川のなの……」
 先にいわなくて、よかった。
「それにドーナツじゃなかったの? そもそも、タコ入ってなかったじゃん!」
 いや。紫色のドーナツでも、食べたくないし……。

「タコの入っていないたこ焼きだって、存在するのよ」
 あれ? 三藤先輩。
 さっきは思いっきり、非難していませんでしたか?
 そうか……。
 高嶺と同じ発想だと、思われたくないんですねきっと。
「なによ?」
「どうかした?」
 ふたりが、思わずニヤついてしまった僕を見るけれど。
「ま、いっか。パン食い競争のアレよりは食べられた!」
 高嶺は、よほど機嫌がよいらしく。
 世界は平和なまま、視察を終えられる。

 ……はずだった。


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