恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない
第五話
「じゃぁ、ここで交代ね! 月子、お疲れー!」
いうが早いか、波野先輩が。
僕の半袖シャツの裾を、引っ張り出す。
「ちょっと、まだちっとも回っていないわよ!」
三藤先輩が珍しく、人前で大きな声を出す。
まぁ、ようやく人並みのボリュームだけれど。
「え? だってわたし『視察中』だ・し・ー」
片手しか自由に使えないのに、いったいどんな早技なのか。
波野先輩が、三藤先輩が頑として巻かないまま。
なぜか僕の手提げ袋に引っ掛けていた、委員会の腕章を。
いつのまにか腕につけ、三藤先輩に見せつけている。
「あぁ! めんどくさいんで、わたしが連れてきますけど!」
「え〜、そこは先輩に譲ろうよぉ由衣。連れ回したいしぃ〜」
「ふたりとも、わたしがここに連れてきたの、わかっているかしら?」
僕をそっちのけで、もめないでください。
い、いちおう委員長です……。
あとなんか。ポチとか、タマとか。
散歩中の、ペットじゃないんですけど……。
……結局、四人で並木道の出店をもう少し回ることになり。
「買い食い、しないでもらえないかしら?」
「そこまで、食い意地張ってませんしー」
「でも、おいしそうなものは、買おうね!」
全然守る気のないことを話しながら、僕たちは歩いている。
「お! 海原とみなさんじゃないか!」
相当久しぶりに、刈り上げ頭の先輩の、低く大きな声が飛んできた。
「おかげで最高学年で、一番楽しい学園祭になったぞ!」
柔道部部長の田京一は、そういうと。
「お礼だ、うどんを食っていけ! おい、椅子出せ、椅子!」
「ウッす。椅子出せ、椅子っ!」
遠慮する間もなく、仰々しく椅子が用意されてしまう。
「わたし、小盛りにしてもらえないかしら……」
三藤先輩が、辞退せず食べるからそう伝えろと僕に訴える。
そもそも、食べることそのものが奇跡みたいだ。
もしかして、うどんが好きなのかな?
「違うわよ、食べないと帰れないでしょ……」
ふと気がつくと、柔道衣の部員たちがずらりと並んでいて……。
もしかして、僕たち取り囲まれています?
「わたし、大盛り!」
「わたし、お蕎麦がいいなぁ〜」
……え?
僕たちの不安をよそに、高嶺がたかって、波野先輩がわがままをいい出す。
すると、柔道衣の壁の向こうから。
「やったぞ〜!」
そんな雄叫びがあがって・
「どけ! どけっ!」
剣道着姿の集団が、なだれこんでくる。
「えっ……」
波野先輩が、ちょっと恐怖で青ざめると。
「怪我をしてても輝いている波野さん、こちらの椅子どうぞっ!」
剣道部と書かれた、パイプ椅子。
どっちもパイプ椅子だから、変わらない気がするけれど……。
「波野さんに、柔道部の椅子なんか座らせられるかよ!」
なんだか、剣道部の部長が熱くなっている。
「お前ら、特製蕎麦急げっ!」
「はいッ」
「声が小せぇ!波野さんに、特製蕎麦!」
「はいッ!」
「な、なにこれ……」
フリーズする、波野先輩の隣で。
我に帰った高嶺が、そう口を開こうとすると。
「負けるな! 栗色の髪の毛の高嶺さんに、特盛出せ!」
田京先輩の大きな声が、僕のまうしろで炸裂する。
「高嶺さんに、特盛! ウッす!」
集団に復唱されて、珍しく高嶺が顔を赤くしている。
それになんで、田京先輩まで? 刈り上げのうしろ、赤いですけど……。
「……ウチの部長、高嶺さん推しっス。ちなみにうどん屋っス」
「……剣道部長は、蕎麦が命で。当然波野さんファンです、はいッ」
なるほど。
両部のメンバーが、そっと僕に耳打ちしてくれる。
「あのふたりで、よかったわ……」
三藤先輩が、心の底から安堵したような声を出し。
先に帰るか、という顔で僕を見る。
僕は、それは無理そうだと返事をすると。
さりげなく、安全地帯に避難して。
真っ赤な顔の、波野先輩と高嶺先輩のふたりをのんびり眺めながら。
意外とおいしい、うどんを堪能することにした。
この場所は、比較的校門に近いので。
バスから降りた来場者たちも、この光景を面白そうに眺めている。
うん、当事者じゃないと、なかなかいいですね。
「う、うまいですか? 高嶺さん!」
田京先輩が、真っ赤な顔になりつつ。
至近距離で、聞いている。
「は、はい……」
「よし! 栗色の髪の毛の高嶺さんに、特盛お代わり用意!」
「ウッす!」
「い、いりませんからぁーーーー!」
「怪我をしてても輝いている波野さんに、特製蕎麦大好評!」
竹刀を握りしめながら。剣道部の部長が、負けじと叫ぶ。
「はいッ!」
「お願い、静かに食べさせてーーーー!」
「あの変な『枕詞』も、練習してきたのよね……」
相当に、シュールな光景を見て。
三藤先輩が、ため息をつく。
……ちなみにこの日を境に。
あのふたりは、麺類を食べるのがトラウマになってしまったらしい。
「……栗色の髪の毛の、高嶺さん!」
「怪我をしてても輝いている、波野さん!」
「あと、三藤の姐さんと!」
「ついでに、委員長も!」
「……ご来店、ありがとうございました!!」
柔道部と剣道部の大声が、校門付近に響き渡る。
高嶺と、波野先輩はとことんまで顔が真っ赤で。
三藤先輩は、その三歩うしろにいたのだけれど。
それでもなんとか、返礼がてら。
僕たちが揃って、一礼すると。
どこからともなく、拍手が起こる。
「ありがとう!」
「楽しんでるぞ〜!」
顔を上げると、最初の委員会では怖そうだった。
他の運動部の部長や、上級生の顔も見える。
田京先輩は、その中央で腕組みをしていて。
剣道部の部長もその隣で、堂々と笑っている。
「ありがとうございました!」
思わず僕も、大きな声を出す。
合宿の効果か、はたまたたかぶった感情のおかげなのか。
その声を聞いて、先輩たちは一瞬どよめいた。
「……随分と暑苦しい、視察になったわね」
「その割に、三藤先輩。なんだか、うれしそうですよ」
……それはね。
海原くんが、ほめられたからに決まっているでしょ。
もう。そんなことさえ、わからないの?
少し、静かに戻ろうかと。
並木道を見下ろす裏道を、四人で歩きながら。
わたしは足取り軽く、海原くんの歩幅で進む。
「そんなに特盛特盛って、いわなくても……」
「輝いてるっていわれて、蕎麦ばっかり出されても……」
いつもはうるさいふたりは、これでしばらくは静かになるかしら?
でも、いいじゃない。
あなたたちには、周りを笑顔にできる力があるわ。
少しのあいだでも、海原くんが気分転換できたのならそれでいい。
『視察』に送り出してくれた、玲香に感謝しよう。
わたしは、やや浮かれていた。
少なくとも、このときは。
「文化祭、楽しく終われるといいわね」
「そ、そうですね」
いきなり大声を出して、少し枯れたその声にも。
悲しい響きは、まったくなくて。
文化祭の午前中は、少なくともわたしの中では。
……穏やかなときとして、記憶に刻まれた。