恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない
第十二話
「……えっ? なになに?」
「いいからいいから。姫妃、こっちにおいで!」
……美也ちゃんが、ニコニコしながら手を伸ばしてくれて。
わたしを舞台にあがらせる、その直前。
「わたし。海原君の、こういうところが大好き……」
美也ちゃんは、ためらうことなく。
ただ、誰に聞かせるでもなく。
ごくごく自然に、つぶやいた。
思わずその場に、立ちどまってしまったわたしに気がつくと。
「えっ姫妃、どうしたの……? もしかして、腕とか痛かった?」
すぐに心配してくれる、あなたはやさしい先輩だ。
それに。つい口から出た本音に、自分で気づいていないのは。
美也ちゃんの場合は、わざとじゃない。
「ううん、平気だよ」
「あぁ、よかった!」
でもね、その笑顔を見て痛んだのはね。
わたしの、骨や傷口ではなくて。
わたしの心の中、なんだよね……。
……海原君が、台本なしで。
わたしをみんなに、勝手に紹介している。
あぁ、こうなることを。もし、先に知っていたら。
前髪くらい、整えておいたのに……。
「波野先輩、ひとことでいいので。あいさつをどうぞ!」
海原君、さっきは自分がそういわれて戸惑っていたくせに。
今度はわたしに、無茶振りするなんてひ・ど・い・っ!
「えっと、あの……」
ステージの上で、なにを話そうか。
一瞬動きをとめた、わたしに向かって。
海原君は、予告なく。
「……舞台、立てましたね」
……そういって、うれしそうな顔をした。
「あ、あの……」
わたしが、意図せず。
一気に恋してしまった、その彼は。
「怪我しちゃって、劇ができなかったんですけど……」
こうして意表をつくから、『嫌い』なの。
「文化祭。みなさんが、楽しめたならよかったです……」
だけど、いや。
だから、その彼のことが『好き』だと。
「それに、わたしも。最後にこうして、ステージに立てました」
……気づいただけでは、終われない。
わたしの目から、涙があふれ出しそうで。
でも泣くのは、あと少し我慢しないと。
次のセリフが、すぐには出なくて。
静まり返った、会場でこのとき。
「あの……」
……ひとりの女子が、手を挙げた。
「……どうかしましたか?」
……海原君が、その子に問いかけると。
「その怪我は……。わたしを立て看板から、かばってくれたからなんです」
えっ……。
あのときの子なの?
「……ほかにも、なにかあるのかな?」
いつのまにか、その子のところに移動していた美也ちゃんが。
その隣の女子たちにも、聞いている。
「わ、わたしの親友を。目の前で守ってくれました……」
「だから怪我させてしまって、ごめんなさい!」
「そっかぁ……どう思う、姫妃?」
美也ちゃんが、その子たちの背中をやさしく撫でながらわたしに聞いたので。
「そんな、こちらこそ! ありがとうございました!」
わたしは思わず、お礼を述べた。
すると、会場から静かな拍手があがって。
やがてそれが、大きなものへと変わっていく。
……ど、どうしよう。
涙、なのかな?
なんだか前が、見えにくくなってくる。
「……演劇部長に、あとで報告しましょうね」
「えっ?」
海原君の、声がする。
そうか、隣に立ってくれていたんだ。
「うん、海原君。ありがとう」
「それにしても、よかったですね」
「えっ?」
「なんか、懐が広い感じがして。いやぁ、怪我した甲斐ありましたよねぇ」
「……ちょ、ちょっと!」
彼のいつもの感じに、安心して。
つい、わたしは。
どこにいるのか、忘れてしまった。
「なにそ・れ! 怪我してうれしい子なんて、い・な・い・よっ!」
「えっ? でもさっきありがとうっていいませんでした?」
「あのときの美也ちゃんの顔、見てた? 『どう思う?』なんていってたけど」
……あんなかわいい顔で、こっち見てきて。
というか、あれってほとんど。
海原君に、聞いてんじゃないの?
なんだか、そんなふうに考えたらわたし。
主役、奪われそうだって焦ったんだけど!
「別に自分で怪我したから、あの子たちを責めるつもりなんてないけどね!」
わたしは、彼に向かって。
「でもわたし、女優志望だよ! イメージ商売してんだからさぁ」
遠慮なく。
「その分の気づかいは、海原君がし・て・よ・ね!」
ズバリと、いってみた。
……ふと気づくと。
もう一度、会場が静まりかえっている。
……えっ。
……な、なにこの沈黙?
「あ……す、すいませんでした……」
ええっ!
海原君が、マイクを近づけていたせいで。
スピーカーから音声となって、みんなに聞こえてたの?
で、でもいったい。
ど、どこから聞こえてたの?
「……えっとね。姫妃のダークサイド……全部かな?」
美也ちゃんが、ボソリというもんだから。
わたしは、思わず。
「う、うそぉーー!」
大声で、叫んでしまった……。
……どうやら、波野先輩のような人のことを。
三藤先輩いわく、『表裏のある性格』というらしい。
とにかく、先ほどの『寸劇』に。
会場は爆笑の渦に包まれた。
恋愛劇じゃなくても、アドリブでも。
どうやら、波野先輩は。
ステージの上でしっかり、輝けるようだ。
「よぉ〜し! 校歌斉唱だぁー!」
長岡先輩が、再度絶叫すると。
「音頭は、俺が取る!」
波野ファンの、剣道部長が乱入してきて。
「負けるか! 俺にやらせろっ!」
高嶺推しの、柔道部元部長の田京先輩と部員たちが押しかけてきた。
「い・やー・っ!」
そう叫ぶ波野先輩には、悪かったけれど。
都木先輩と僕は、早々にステージを降りると。
「……またあとでね」
「……はい、またあとで」
短く言葉をかわして、その場をあとにした。
『演劇姫』が、どうだったのかはともかく。
彼女を囲んだ三年男子たちは、大変幸せそうで。
大勢の観客たちと共に、スーパーハイテンションのまま。
この年の学園祭は、幕を閉じた。
……放送室に、僕たち五人と。
ふたりの先生が揃う。
「海原君なんて、大っ嫌い!」
ステージから戻った波野先輩が、半分涙目のままキッと僕をにらむ。
「……それで構わないわよ。それに、よかったじゃない」
「月子! 海原君の味方しないでよ!」
「あら。ステージと客席がひとつになるって、理想じゃなかったのかしら?」
「そ、それはそうだけど……」
「じゃ〜、よかったね、姫妃!」
「そうですよ。あのままアイツが突っ立ってたら、どうなるかと思いましたし」
玲香ちゃんと高嶺も、波野先輩の抗議をサラリと流して。
「よし、じゃぁお祝いにパンをよろしく!」
「そうだね海原君! まだ売れ残ってそうだからよろしくっ!」
……な、なんで。
先生たちは、そうやっていつも。
何事もパンにこじつけるのかは、わからないけれど。
意外と、このときの僕は。
そんな戯言にも惑わされず、冷静だった。
「……部室の整理整頓は、どうですか?」
「海原くん、ご心配なく」
三藤先輩も、ちゃんとわかってくれている。
「いや、そんなのわかってるし!」
はいはい、高嶺。
お前がわかっているなら、みんなも大丈夫だ。
「……それでは、いきましょうか」
僕の言葉に、七人が無言でうなずくと。
揃って放送室を、あとにする。
廊下、階段、渡り廊下を静かに過ぎて。
それぞれの、様々な想いを胸に僕たちは。
講堂の機器室を目指して、まっすぐ進む。
すべては、都木美也先輩の。
……引退のときを、迎えるために。