恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない
第十四話(最終話)
「……陽子はやっぱり。放送部、やめたいんだよね?」
……波野先輩が、そう質問したとき。
僕は春香先輩が。
天井を見上げながら、口にしかけた返事を。
ごくりと、飲み込んだ気がした。
都木先輩の引退のためだと、思っていた違和感の正体は。
おそらく、『このこと』だったのだろう。
僕以外のメンバーにも、感じることがあるようで。
変なことなどいうな、とか。
そんなわけないよね、とか。
波野先輩をたしなめるような言葉を。
……誰も口に、しなかった。
「……いいかたを、変えてあげる」
……わたしは、陽子に向き合うと。
真実を認めなさいと、言葉の刃を突きつける。
「今度は美也ちゃんと同じタイミングで、『機器部』を引退したいんだよね?」
……陽子は『昔のまま』の、機器部が好き。
美也ちゃんと、月子がいて。
あとはギリギリ受け入れられるラインが、海原《うなはら》君までで。
由衣から、あとの。
玲香や、わたしは。
あなたの中では、お呼びじゃないんだよ。
「ウ、ウソですよね……」
……お願いだから由衣、いまは泣かないで。
傷つけた分は、あとでわたしがなぐさめてあげるから。
涙はまだ、我慢して。
「姫妃、いきなりなに? どうしてそんなこというの?」
「じゃぁ陽子、一緒に演劇部やってくれる?」
「えっ……」
陽子の、固いその表情が。
すべての答えを、物語る。
「やりたいとは、思わないでしょ?」
「ごめんだけど……思わない」
「じゃぁ、『放送部』は? やりたいの?」
「え? えっと……」
わたしは、別にあなたを苦しめたいわけじゃない。
素直な気持ちになりなよと、この役を引き受けただけ。
「じゃ、質問を変えてあげる。『機器部』だったら続けてる?」
……陽子も、認めようと思ったのだろう。
いや、きっとわたしの気持ちを。
理解して、くれたのだろう。
少し青白かったその顔が、穏やかになって。
それから、彼女は。
「やってると……思う……」
……その本心を。静かに、口にした。
「……なんだかわたし、酷い女だね」
……違うよ。
陽子は、素直なだけ。
酷くなんてない。
「でもね、あとから入ったわたしたちだって……」
誰ひとりとして、ちっとも悪くない。
こうなってしまったのは。
誰の、責任でもないんだよ。
あなたの幼馴染と、親友がいただけの空間は。
いまは、みんなの場所に変わったの。
わたしたちはもう、放送部に入ってしまった。
そして、馴染んでしまった。
それにね、この場所が。
……好きで好きで、たまらないの。
「だけど陽子は『放送部』が、好きになれないんだよね?」
きっと『機器部』として、のんびりと。
本当に気心の知れた仲間とだけで、ゆっくり過ごしたいんじゃない?
いや。
わたしだから。もっと、はっきりいってあげる。
「きっと、陽子はね……わたしたちが邪魔なんだよ」
「そ、そんな……」
わたしは、陽子の心を揺さぶり続ける。
そうしないと、この子はまた。
自分の殻の中に、閉じこもってしまうから。
それにここで、あなたにやさしくしたら。
いま心を痛めている、ほかのみんなを。
わたしはただ、傷つけただけで終わってしまう。
「ねぇ、陽子。あなた、変われるの?」
「わたし。変わっていくのが、怖い……」
……そう、それでいいんだよ、陽子。
「美也ちゃんがいなくなるのが、悲しい」
そうだね。
「月子が、ほかのみんなとどんどん仲よくなっていくのが……。うらやましい」
そうだよね。
「あとね……」
うん、もっと教えて。
わたし、ちゃんと聞くから平気だよ。
「みんなは、これからも同じ列車で帰れるのに……」
そう、陽子以外のわたしたちはみんな。
部室や学校を出たら、解散じゃなくて。
「この先ひとりだけ、逆方向の電車に乗るなんて。寂しくて嫌なの!」
そのあともまだまだ、一緒だもんね……。
楽しいからこそ。
一緒にいたいから、こそ。
どこまでも、いつまでも離れたくない。
それは、わかるよ。
でも、まだあなたは言葉にしきれていないはず。
「……でもそんなの、わたしのわがままだし」
そこまでいうと、陽子は。
一度、息をゆっくり吸ってから。
「みんなが変わるスピードに、わたしはついていけていなくてね」
落ち着いた声で、そう教えてくれてから。
「でも、でも本当は……」
少し、震えた声で。
「わたしだってみんなみたいに、変わりたいの!」
心の中から。
その気持ちを、絞り出してくれた。
……もう。
姫妃のせいだよ……。
いままで、ずっとわたしの中に溜め込んできたものが。
どんどん胸の奥から、湧いてくる。
子供の頃からたびたび訪れる、美也ちゃんとの別れ。
こんなの毎回、嫌なの!
追いかけても、追いかけてもね。
いつも先にいかれるのは、嫌なの!
月子が、大好き。
でも、あの子がほかのみんなと仲よくなると。
わたしとの時間が減るから、嫌なの!
好きな人ができた、恋に落ちた。
でも、その人は。わたしを同じようにはみてくれない。
それだけじゃない。
わたしよりずっと魅力的な子たちが、次々に現れて。
どんどんわたしから、その人を遠ざけていく。
この部活にいると、みじめな自分が増えていく。
それが、耐えられないくらい嫌なの!
好きな人に、想いを伝えられない自分が嫌い。
みんなといたいのに、離れようとする自分が。
……情けなくて、嫌い。
そして、なにより。
なにも決められない自分が……大嫌い!
「……ねぇ?」
姫妃、お願い。
ここまでいったんだから、教えてよ。
「わたしは……どうしたらいいの?」
あなたなら、わかるでしょ?
「……そんなの、知らないよ」
ウソっ……。
「最初にいったでしょ? わたし、性格悪いから」
姫妃……。
ひどいよ、それはないよと。
わたしは、彼女を責めかけた。
……でも、そのとき。
「答えてはあげない。でも……」
そこまでいって、ギプスと包帯姿の『演劇姫』は。
まるでなにかの、妖精のように。
舞台の上を、ヒラリと一回転して。
「あーこいつ、ダメだなーって思いながらね」
微妙に、失礼なことをずけずけと口にしたあとで。
「ちゃんと。そばにいてあ・げ・る!」
最高に、かわいい笑顔を添えて。
……わたしを、見てくれた。
背中に、片腕だけが伸びてくる。
とっても細いけれど、それは力強くて。
それから。ちょっと軟膏のにおいと、少し大人の香りが混じった髪の毛が。
わたしの目の前に、あらわれた。
……そうか、姫妃って。
舞台ではとっても、大きく見えるけれど。
実は『放送部』で一番、ちっちゃいもんね。
「ちょっと陽子!」
「え、なに?」
「いま絶対。ちっちゃいとか、思ったよ・ね?」
「えっ? なんでわかったの?」
「当たり前でしょ、『親友』だよ!」
そういって、姫妃はわたしの頬にわざわざ頭をこすりつけてきてから。
「だ・か・ら! 陽子と違って、輝けるようにいつもがんばってるの!」
また微妙に、失礼なことをいってくる。
「あのね!」
……そうか、わたし。
もうこの子に。
遠慮したり、しなくていいんだ。
「姫妃、わたしだって。ちゃんとがんばってるんだよ!」
「知ってるか・ら!」
わたしの出した大きめの声に、倍以上のボリュームで姫妃は返事をすると。
今度は、とってもやさしい声色で。
「じゃぁ一回、休んでいいから。それからまた一緒に、前向いていかない?」
おまけにキラキラした目で、わたしを見つめてくれた。
「……ほんとに? 見捨てたりしない?」
「見捨てられたら、見捨てる。じゃないなら、ぜっ・た・い・見捨てない!」
「……わかった。じゃぁさ」
満足したわたしは、両手で。
彼女のギプスに、注意しながら。
目の前の『悪友』を、力一杯抱きしめた。
すると真横から。
「わたしも混ざるー!」
大好きな美也ちゃんの声が、聞こえてきて……。
……うわっ。
い、いつものやつだ……。
もはや『放送部』名物・容赦ない抱擁が。
きょうもまた。
い、いっぱいきた……。
「ちょ、ちょっと! 『わたしの』姫妃が、つぶれちゃう!」
「それなら、陽子も潰しちゃえ〜!」
「玲香! く、苦しいぃ〜!」
「こ、これは由衣……じゃないの?」
「わたしじゃなくて……佳織先生と、響子先生がっ……グエッ!」
「……まったく。毎回暑苦しいのよね」
そういって、輪の中に加わらない三藤先輩に。
「な、中に入らないんですか?」
思わず僕は、質問してしまった。
「苦しむのは、嫌だわ」
あまりにもごもっともで、先輩らしいその本音に続いて。
「……陽子には、別の『親友』も必要よね」
先輩は、そういって小さくうなずいてから。
「でもきょうは、美也ちゃんの引退の日のはずよね?」
逆に僕に、どうするつもりなのかと聞いてきた。
「そ、そういえば……」
戸惑う僕に、三藤先輩は。
「急いで『区切りを』、つけなくてもいいわよ」
なんだか少し、含みのあるいいかたな上。
「『美也ちゃんの』ことは、きょうじゃなくてもいいわよ」
同じようなことを、重ねて告げてくる。
「あの……それって……」
「……なにかしら、海原くん?」
どうやら、三藤先輩は。
僕に『答える』つもりはないらしく。
「それにしても。『また』陽子が、全部持っていってしまったわね」
そういって、目の前の光景に話しを戻してしまったので。
「なんだか、よくわかりませんけど」
僕は、その隣で。
「みんなも、春香先輩も。スッキリしたみたいでよかったです」
先輩の話しに、合わせようとしたのだけれど……。
「……それはどうだか、わからないわよ」
やはり三藤月子、この人は。
……一筋縄では、いかない存在だ。
「友情では解決できないことって、世の中に存在するわよね?」
藤色の瞳が、ジッと見つめてくる。
こ、これは……。
答えを間違えると、こっぴどく叱られるやつだ。
し、真剣に考えないと。
えっと……。
あ!
そもそもきょうは。文化祭だったから……。
「金銭貸借、ですね!」
「……は?」
「だって、将来友達でもお金は貸すなって」
「う、海原くん。な、なんの話しをしているの?」
「ほら、並木道の出店を視察にいったときに……」
きっと山川たちの作った、紫色のたこ焼きのことだ。
「百五十円を、アイツが『親友価格』で百円にしましたよね?」
「……」
「それから値切って、五十円で買ったのに先輩が」
……友達だからって。大人になっても、お金貸したりしたら絶対ダメよ。
「先輩の助言、心に刻んでいますよっ!……って。えっ? ど、どこへ!」
どうやら三藤先輩は、僕を見捨てたらしく。
「海原くんの、バカっ」
そうつぶやくと、渋々といった表情をしながら。
……いつもの『女子の輪の中』に、飛び込んでいった。
「……海原くーーーん!」
……しばらくして。
みんなのようすを、遠目で眺めていた僕を。
都木先輩が満面の笑みで、呼んでくれる。
えっ……。
も、もしかして?
つ、ついに僕も!
ようやく、『あの輪』の中にっ!
「おねがーいっ!」
「早くしなよー!」
「ほら、急いで!」
「海原君!」
「部長!」
「は・や・く!」
みんなが、次々に僕を呼んできて。
僕が、ちょっと感動して。
前に進もうとした、そのとき。
つい先ほどとは、打って変わって。
唯一、同情するような表情の。
三藤先輩と、目が合った。
……都木美也先輩の、引退する『はず』だったこの日。
八人の美女たちの、とびきりの笑顔が記録された写真の数々は。
僕が、ひとりで『すべて』。
誰かのスマホで、撮影したものばかりだ。
「あぁ……カ、カメラマンですよね……」
そりゃぁ、そうだ。
僕が、みんなの輪に混じれる日なんて。
きっと永遠に……。
……ただ。
ずっと未来に、その写真を見たら。
誰もが、あの日も。
最高に、楽しかったというだろう。
そ、その際は。
できれば……。
ひとりだけ、どこにも写っていない『僕』のことにも……。
つ、ついでに。
いや。
ぜひ……!
……『気づいて』、もらいたい。
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