恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない

第二話


 ……火曜日、水曜日、木曜日と。
 忙しさが増す中、それでも準備は順調に進んでいた。
 そして、体育祭前日の朝。

海原(うなはら)。印刷室いってくる!」
「あ、由衣(ゆい)。それならこれもお願い!」
 アイツが返事するより早く、陽子(ようこ)先輩がわたしにプリントを渡してくる。
「ん? どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
 わたしが、そう答えると同時に。
 アイツの左隣の、月子(つきこ)先輩がチラリとわたしを見て。
「こっちは、いまは特にないわ」
 また無駄に、わたしにからんでくる。

「わかりました。いってきます」
 誰にとはいわないけれど、声の方向で気づいてよね。
 今度はアイツの右隣に座る、美也(みや)先輩がちょっとやさしくわたしを見て。
「……ねぇ、由衣が印刷室いくってよ」
 小さな声で、鈍感男にヒントを与えている。
 それはそれで、ちょっと複雑だけれど。
 少なくとも、アイツは顔をあげてわたしを見た。

「……プログラム、重いから無理するなよ」
 なにそれ。
 聞こえてたんなら、早く声かけてよ!
「わかった、いってくる!」
 いいよ、すっごく忙しいんだろうから。
 それで今朝は、許してあげるけどさぁ!


 ……アイツの両脇に控える、ふたりの先輩。
 最近ちょっと、アイツに近いから!
 事務処理能力では、かなわない。
 だからこうやって機動力で補ってるんだよ、わたし。

「重いからとか、運ばすつもりしかないくせに!」
 なぜだか、わたしはそんなことをつぶやきながら。
 ひとり、印刷室に歩いていく。
 陽子先輩に頼まれたプリントを、機械にセットして。
 必要部数を入力し、紙サイズも確認してボタンを押す。
 ガチャガチャと機械が動き出すと、さぁ次の仕事だ。

 わたしは、昨日刷り終えた箱をまずひとつ持つ。
「うーん。ついでだからもう一箱、運んどこうかなぁ……」
 明日の体育祭で、来場者に渡すプログラムの入った箱は三つある。
 わたしの力では、一度で全部を運ぶのは不可能だ。
「二往復、だよねー」
 あぁ、玲香(れいか)ちゃんが前いってたみたいに。
 台車、持ってきておいたらよかった……。


「あ、あの……」
「?」
 突然、男の子の声がして。驚いて、振り向くと。

 ……なんだ、声色を変えた海原じゃないじゃん。

「あ、あのさ、高嶺(たかね)さん……」
 えっと……。
 とりあえず愛想よくしないと、またアイツにからかわれてしまう。
 なんといっても、『黙っていたら、かわいい』。
 それが、中学以来のわたしの『評判』らしいから。
 まぁ、ただそれは。
 実は『不名誉な評判』な気も、するんだけどね……。

 で、この男子って……?
「体育祭実行委員の、一年六組の……」
「あぁ、ごめんね! ちょっと考えごとしてたから。反応が遅くなっちゃった!」
 とりあえず、話しの途中だろうけれどここは笑顔だ。
 そういえば、体育祭実行員の部屋にいくと。
 やたらと手伝おうとしてくれる人が、いた気がする。
 で、そんな人が。なんでここにいるの?
「プログラムを運ぶって聞いて、手伝おうと思って……」
 あ、親切な人ってことか。
 じゃ、よろしく頼もう。


 わたしは、その子がまとめて三箱運んでくれるのかと思ったけれど。
 ……なんだ、二箱だけなの?

 そこ、アイツならきっと。
 無理してでも、三箱持つところだよ……。
 まぁ、一回で済むんだから。
 誰もいないよりは、マシだと思おう。

 わたしたちは、無言のまま。
 人けのない廊下を、並んで歩く。
 えっと、これと陽子先輩のプリントが終わったらその次は……。
「た、高嶺さんって、すっごく働き者だよね!」
「えっ?」
 最初を、聞きそびれたかもしれないけれど。
 ほめてくれている、とかなのかな?

「ううん。『そっち』がプログラムの準備とかに、集中できるようにしただけ」
 アイツが、みんなが仕事しやすいように決めただけ。
 それを、わたしは手伝っているだけだから。
「いやいや。同じ一年生として、尊敬するよ」
 ……ごめんね。
 身近にもっとすごい一年がいるんだ、わたし。
 それに、ソイツは。
 誰かに『尊敬』されるために、働いているわけじゃない。

 委員会室が近づいてきて、人の気配を感じはじめる。
 そうだね、こうやってみんながにぎやかに。
 体育祭とかが楽しめるようにって、アイツは……。

「あ、あのさぁ……。よかったら……」
 ちょっと。立ちどまって、話さないで。
 わたしこれでも、忙しいんだけど?

「……文化祭一緒に、回ってくれませんか?」

 なんだか、嫌な予感がする前に。
 いきなり言葉に、されてしまった。
 あぁ、出たよ……。
 美也先輩の、いったとおりだ……。



 ……あれは、昨日の帰り際。
 放送室で、書類を片付けていたときだ。
姫妃(きき)、大人気だよね!」
 突然、玲香ちゃんが話し出した。

「あぁ、あれかぁ……」
「あれねぇ……」
 美也先輩、陽子先輩も加わって。
「わたし、ちゃんと断ってるか・ら・ね!」
 なんだか、四人の中では理解し合えているらしい。
「いったい、なんの話しですか?」
「もう。由衣らしくないなぁ。ほら、この時期になるとさ……」
 陽子先輩が、そこまでいいかけて。
 玲香ちゃんを、チラリと見る。
「わ、わたしも。ちゃんと断った!」
「ふーん。それで隣の姫妃が『きょうも』誘われてたんだねぇ〜」
「ちょっと陽子! なんで奥にいるのに聞いてるの?」
「だって、聞こえるもんねぇ〜」
 え? だから、なんの話しなの?

「……で、由衣は誰かに誘われた?」
「えっ?」
 美也先輩が、一呼吸おいて。
「『文化祭デート』の、お誘いのこと」
 い、いきなり変なこというもんだから……。
「うをっ!」
 あ、ごめん。
 書類とにらめっこしていた、海原の頭の上に。
 手に持っていた書類を、全部落としちゃった。

「け、結構いっぱいあったね、書類……」
 陽子先輩が苦笑いしながら、わたしと急いで拾って集める。
 月子先輩が、さりげなく。
 アイツを目線で確認しながら、お茶のお代わりを淹れている。

「この時期になると、増えるんだよねぇ〜」
「文化祭、一緒回るんだよ?」
 そ、それくらわたしでも知ってますし!
 で、でも。まだ……。

「だ、誰からも。誘われてませんけど!」
「えっ、そうなの?」
「陽子先輩! だいたい、部室漬けで男子と会話することなんてないですし!」
「でも、由衣だったら……」

「月子とか、下駄箱に入ってたけど!」
 話していた陽子先輩の上に、玲香ちゃんの爆弾発言が飛んできて。
 ガタン!
 そんな大きな音がして。月子先輩が思わず立ち上がって。
「な、なんであなたが知っているの!」
 めちゃくちゃ慌てている。
「だって、気づかず落とすから。拾ってあげたでしょ?」
「そ、そんなの。お、覚えていないわ……」
「嘘だぁ〜。三回もあったのに?」

 ゴトン!
 今度は、美也先輩と。あと、そういえば男子がいた。
 海原とふたりが揃って、ファイルを落としている。
「美也ちゃん?」
「な、ないない。わたしは『下駄箱は』ないよ月子……」
「えっ?」
「海原君、じゃなくてす、(すばる)! な、なんでもないから! ちょっと出てくる!」

 そういうと、美也先輩があわてて部室から出て。
 なぜかアイツも、トイレとかいって消えていって。
 あと月子先輩と姫妃先輩も、あのあと……。



 ……あれ?
 せっかく思い出していたのに。
 なんだか、声が聞こえてくる。
「聞いてくれてた? 高嶺さん?」
「……あ、はい?」
「……あ、ありがとう!」
「えっ?」
「お、俺ぜんぶ運んどくから! じゃ、またね!」

 三箱運べるんなら、最初からいってよ!
 アイツになら、すぐにいい返せるけれど。

 ……わたしはこのとき、自分の答えた意味がわからず。
 なにもいえずに、その場にしばし。

 ……立ち尽くしてしまった。


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