恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない

第三話


「……なぁ、カイバラ」
 昼休みになり、教室を出ようとすると。
 僕に山川(やまかわ)(しゅん)が、呼びかけてきた。

「なに海原(うなはら)? なんか用事なら、先いっとくよ?」
 隣で高嶺(たかね)が、僕の苗字を訂正しながら聞いてくるけど……。
 どうした山川?
 なんでそんなに、片眉あげてひきつってるんだ?

 もう、さすがに三作目なのに。
 毎度の苗字のいい間違いで、血祭りにするほど。アイツも鬼じゃないぞ。
 むしろ、お約束の展開すぎて。
 長年の読者なんて、気にもしていないだろう。

「よくわからんが、とりあえず先いっといてくれ」
「わかった。コイツ忙しいから。あんま邪魔しないでやってよ」
 高嶺が、まるで『保護者』のように。
 山川に釘を刺してから、廊下に出る。
 さっきから息でもとめていたのか、山川がゼーゼー息をしている。
 おそらく、早弁したんだろうけど。
 すっごくニンニク大量入り唐揚げみたいなにおいが、周囲に充満しはじめて。
 近くの女子たちが、思わず弁当のフタを閉めてこちらをにらんでいる。
 と、とりあえず。
 廊下にいこう、僕も外の空気が吸いたいんだ。


「な、なにぼ〜っとしてるんスか、師匠! どうなってるんスか!」
 山川の頭の中のほうが、どうにかなっているんじゃないか?
 そう思うけど、なんだその血走った目は。
 おまけにちょっと、顔が近いぞ……。
 せっかく外気に触れたんだ。
 た、頼むから離れてくれ……。

「いったい、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもネエっスよ!」
 あぁ、わかったから。ニンニクは勘弁してくれ……。
「高嶺さんが六組のヤツと、文化祭回るらしいんスょ!」
「だから?」
「だからって、なんスか!」
「……『巡回』とか頼まれたのか?」
 僕は高嶺が、『警備係』か『用心棒』でも頼まれたのかと思ったけれど。
「違いやすよ師匠。で、デ……、デ……」

 思わずうしろに、三藤(みふじ)先輩が腕を組んで立っているのかと思って。
「出た〜!」
 みたいな、これまたお約束の展開とか?



「……くしゅん!」
「あれ月子(つきこ)、もしかして風邪?」
「違うわよ、陽子(ようこ)。たぶん別のなにかね」
「なにかって、なに?」
 ……海原くん。
 いまなにか、いわなかったかしら?



「……もしかして巡回料とかって、デザートよこせとかいってもめてるのか?」
「ち、違いますよ師匠。……っていうか、ほんと自分のことは鈍いよなぁー」
 山川にまで、『鈍い』といわれて。
 おまけにいつまで、ニンニクを嗅がされていればいいのだろう?
 早くしないと、放送室で誰に怒られるかわからないのに……。

 ……中央廊下を、ひとり早足で歩きながら。
 僕は山川の情報を、整理する。

 昨日みんなが話していた、『文化祭デート』なるものに。
 どうやら高嶺が誘われて、了承したそうだ。
 ちなみに、お相手は六組にいるらしく。
 ふと思って、所属はバレー部かと聞いたところ。

「サ、サッカー部っス……」
 ……そうか、やっぱり。
 バレー部じゃないから、許可が出たのだろうと僕は思った。

 ……ちなみに。
 全国の男子バレー部のみなさんに、敵意はまったくなくて。
 ただ我が『丘の上』では、この山川が属するバレー部が。
 終わりの見えない『恋愛連敗記録』を、延々と更新中なのだ。


「し、師匠。なんで知ってるんスか?」
「えっ?」
「昨日も一昨日も、『演劇姫』に先輩たちが断られたんスよぉ〜」
 あぁ、玲香(れいか)ちゃんが話していたのはこれか。
 さすが、波野(なみの)姫妃(きき)
 おでこに包帯巻いてても、ちゃんと告白されるんだ……。
「それも、秒殺で。ふたりもっスよ……」
 しっかしバレー部、弱すぎだろう……。

 そういえば、中学のとき。
 高嶺は、いったい何人の男子を断ったんだっけ?
 まぁ、証明のない自己申告だから。
 そもそもアテには、ならない。
 おまけに高校入学後は、特に聞かされていないから。
 ひさしぶりで、うれしかったのかな?

 ……とにかく、珍しい。
 アイツが、男子の誘いにのるなんて。
 まぁ、多分。
 屋台の割引券かタダ券を、いっぱいもらえたのだろう。


「遅くなりました」
 そういいながら、部室に入ると。
 高嶺の大きな両目が、僕をじっと見つめてくる。
 ……まぁ、別に。
 僕が、どうこういうことでもない。

 アイツがたくさん働いてきたのは、揺るぎのない事実なので。
 文化祭の日は、自由時間が取れるようにしておこう。
 そう思った僕は、アイツの視線を外して。
 書類の続きを終えるべく、急いで食べ終えようと。
「いただきます」
 そう口にして、自分の弁当箱を開いた。




 ……目を、そらされた。
 海原はおそらく、あのおしゃべりな山川から。
 『今朝のこと』を、聞いたに違いない。
 でも、なにその態度?
 嫌味のひとことくらい、いうかと思っていたのに。

 あとのみんなの、反応も正直よくわからない。
 まぁ、所詮上級生の話題になるようなことじゃないだろうし。
 それにしても、いったいわたしは。
 どうしたらいいんだろう?
 わざわざ六組まで、断りにいくの?
 それか、委員会室にいけばいい?

 ちょうど、そのとき。
「もう! 昼休みの受付は、緊急だけっていってるのに〜」
 玲香ちゃんが、そういうと。
 ノックされた、放送室の扉を開けにいく。

 玲香ちゃんは、一度扉を閉めると。
「『由衣(ゆい)に』、書類の届け物だって〜」
 そういって、早々にお弁当をの続きを食べはじめる。

 あぁ、めんどくさ……。
 いま、こなくてもいいのに……。


「外で、話してもらえるかしら」
 そんなことを、サラリといえる月子先輩。
 この人は、いったいなにを考えているのだろう?
「いわれなくても、わかってます」
 この部屋に『他の誰か』なんて、絶対に入ってもらうつもりはない。
 わたしは、渋々席を立つと。
 扉を開き、段ボールを受け取りに出た。



「……え? 重いし、中に運ぶよ」
「大丈夫、ちょっと立て込んでるから。ここで受け取ります」
 六組の男子の箱は、確かに重たそうだ。
 でもだからといって、わたしたちの部屋には入って欲しくない。
「いいから、持てるから渡してくれない?」
 そう伝えて、手を伸ばしかけたところで。

「おい、本当に重たそうだから無理するな」
 慣れ親しんだ、気配がしたと思ったら。
 いつのまにか、アイツが現れて。
「あ、代わりに受け取ります。ありがとうございます」
 荷物をサッと手にして、放送室の中に戻っていく。

 その横では、姫妃先輩が扉を片手で抑えていて。
「……まだ治ってないんだから、無理しないでくださいよ?」
「だって海原君、両手ふさがってるじゃん。わたしの片手は自由だよ〜」
 ニコニコしながら、アイツに話しかけてから。
 その顔のまま、わたしを見る。

「由衣ちゃん、閉めとくね」
 姫妃先輩の声は、わたしにだけ伝わる冷たさで。
「そこの君も、ありがと」
 男子にかけた声は、とても社交的なものだった。

 それから、放送室の扉が閉まる直前。
 その声が一段高くなり、アイツの名前を呼んだ気がした。
 ……先輩は、いまのわたしを見て。
 いったい、どう思ったのだろう?


「……あの、朝のことなんですけど」
「あ、すいません。ついうれしくて。クラスとか部活の先輩に……」
「えっ?」
「いや、だって高嶺さんは。ハードル高いって思ってたから」
 で、なんなの?
「まさかOKもらえるなんて、思わなかったんで……」
 だからって。
 勝手にいいふらして、なにが楽しいの……?

 一瞬、どうしたらいいのかわからなくて。
「すいません、部室に戻らないと」
 わたしはとりあえず、背を向けようとしたのだけれど。

「あ、さっきのがカイハラ君だっけ?」
「はい?」
「同じ中学なんだよね?」
 その瞬間。


 ……わたしの中で、なにかのスイッチが入った。


 アイツの苗字は、海原(うなはら)だ。
 山川みたいに、友達になっても間違えるヤツは。
 わたしがずっと、直してあげる。
 でも、そちらのそれは。
 中途半端なわたしへのリサーチのおまけ、みたいな情報なわけ?


 だが、文句をいおうと開かけた自分の口を。
 わたしは、閉じるしかなかった。


「でもさ、彼氏じゃないんだよね? いったい、どんな関係?」


 ……答えたく、ない。
 ……いや、答えられない。

 彼氏じゃないのは、事実だ。
 でも、どんな関係かって?
 そんなの、わからない。
 全然知らないあなたにいえるわけない!
 そもそも、聞かないで!


「し、失礼します」
「ちょっと! 高嶺さん!」

 うしろから聞こえる声を、振り切ろうと。
 わたしはとにかく走って。
 追いつかれないように、階段を登って。
 曲がって、降りて。また登って。
 とにかく、その男子に見つけられないように。
 ずっと、ずっと走り続けた。



 ……そう。
 わたしの安全地帯は、すぐうしろにあったのに。

 放送室に戻れなかった、わたしは。


 ただひたすら、走り続けた。



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