夜探偵事務所
第八章:兄と妹
第八章:兄と妹
深妙寺・護摩堂
本堂から響く、断続的な破壊音。それは、夜と加奈の戦いが続いていることを示している。堂の中では、健太と璃夏が、ただ固唾をのんで待つことしかできなかった。そんな中、仁は壁に背を預けると、重い口を開いた。
「今から、25年前のことや……」
【回想】
あの頃のワシは、まだ若かった。先代である父から、この深妙寺を受け継いでまだ間がない、春のことやった。
夜、居間で一人くつろいでいると、本堂の方から、ドォン!と、何かが倒れるような、とても大きな音がした。
不審に思い、懐中電灯を片手に本堂を見に行くと……本堂へと続く三段の石段の上に、小さな赤ん坊が置かれていたんや。おぎゃあ、おぎゃあと、か細い声で泣いていた。
そして、奇妙なことに、その赤ん坊の泣き声に合わせて、境内(けいだい)のあちこちから、ドン、ガン、と、目に見えない何かが打ち付けられるような衝撃音が鳴り響いておった。ワシが周りを見渡しても、もちろん誰もいやしない。
ワシは、恐る恐るその赤ん坊を抱き上げた。不思議なことに、ワシの腕の中に収まると、赤ん坊はピタリと泣き止んだ。そして、それと同時に、あれほど鳴り響いていた周りの衝撃音も、嘘のようにピタリと鳴り止んだんや。
「……どういうことや?」
ワシは、腕の中の温かい命の重みを感じながら、ただただ呆然としとった。
三月の下旬とはいえ、夜はまだ冷える。とりあえず、この子をこのままにはしておけん。ワシは、居間に連れて帰ることにした。
ふと、赤ん坊を包んでいたおくるみを解くと、中から数枚の、折りたたまれた紙がこぼれ落ちた。それは、この子の親が書いた手紙やった。
『ご住職様
突然のご無礼、何卒お許しください。
この子が産まれてからというもの、私たち家族は、とても信じられないような怪現象に日夜苦しめられております。家が揺れ、物が飛び、まるで何かが怒り狂っているかのようです。
もう、私たちではこの子を育てていくことができません。
誠に勝手なお願いとは存じますが、どうか、この子を、このお寺で引き取ってはいただけないでしょうか。
この子の名前は「夜」といいます。どうか、この子をよろしくお願い申し上げます。』
「……捨て子、いうことか」
ワシは手紙を握りしめた。「信じられない現象」というのは、間違いなく、さっきの破壊音のことやろう。
次の日から、ワシは役所を回り、夜を養子として、ワシの子として迎える準備を始めた。
その時、手紙と一緒に入っていた出生届から役所で取り寄せた戸籍謄本を見て、ワシは驚愕した。夜は、元々、双子として産まれてくるはずやったんや。そして、双子のもう一人は男の子で……死産だった、と記されておった。
夜との暮らしが始まって、ワシはすぐに、あの子の持つ特異な力に気づいた。夜の感情が高ぶったり、癇癪を起したりすると、あの破壊音が始まるんや。
夜が大きくなるにつれ、その力は、音だけでは済まなくなった。
小学校に上がり、クラスで他の子と揉め事を起こした際には、教室中の机や椅子が、まるで爆発でも起きたかのように、めちゃくちゃに飛び散ったことがあった。
その日を境に、夜は学校で「化け物」と気味悪がられ、完全に孤立することになった。
この頃からや。ワシには、夜の後ろに、ゆらゆらと揺れる、黒い影のようなモノが見えるようになった。
その影は、夜の感情と完全にリンクしているようやった。夜が怒れば荒れ狂い、夜が悲しめば、静かに寄り添う。そして、それと同時に、その影は、あらゆる物理的な衝撃から夜を守ってもいた。
考えてみれば、あの子は今まで、転んで擦り傷一つ作ったことがない。
ワシの中で、一つの憶測が確信に変わっていった。
夜の魂は、一つではない。
夜の魂と、産まれてくることができなかった、死んだ双子の男の子の魂。その二つが、奇跡か、あるいは呪いか……分かちがたく融合してしまっているのではないか?
そして、夜の後ろにいるあの黒い影こそが、夜を守り続ける双子の兄……
なんや、と。
深妙寺・護摩堂
本堂から響く、断続的な破壊音。それは、夜と加奈の戦いが続いていることを示している。堂の中では、健太と璃夏が、ただ固唾をのんで待つことしかできなかった。そんな中、仁は壁に背を預けると、重い口を開いた。
「今から、25年前のことや……」
【回想】
あの頃のワシは、まだ若かった。先代である父から、この深妙寺を受け継いでまだ間がない、春のことやった。
夜、居間で一人くつろいでいると、本堂の方から、ドォン!と、何かが倒れるような、とても大きな音がした。
不審に思い、懐中電灯を片手に本堂を見に行くと……本堂へと続く三段の石段の上に、小さな赤ん坊が置かれていたんや。おぎゃあ、おぎゃあと、か細い声で泣いていた。
そして、奇妙なことに、その赤ん坊の泣き声に合わせて、境内(けいだい)のあちこちから、ドン、ガン、と、目に見えない何かが打ち付けられるような衝撃音が鳴り響いておった。ワシが周りを見渡しても、もちろん誰もいやしない。
ワシは、恐る恐るその赤ん坊を抱き上げた。不思議なことに、ワシの腕の中に収まると、赤ん坊はピタリと泣き止んだ。そして、それと同時に、あれほど鳴り響いていた周りの衝撃音も、嘘のようにピタリと鳴り止んだんや。
「……どういうことや?」
ワシは、腕の中の温かい命の重みを感じながら、ただただ呆然としとった。
三月の下旬とはいえ、夜はまだ冷える。とりあえず、この子をこのままにはしておけん。ワシは、居間に連れて帰ることにした。
ふと、赤ん坊を包んでいたおくるみを解くと、中から数枚の、折りたたまれた紙がこぼれ落ちた。それは、この子の親が書いた手紙やった。
『ご住職様
突然のご無礼、何卒お許しください。
この子が産まれてからというもの、私たち家族は、とても信じられないような怪現象に日夜苦しめられております。家が揺れ、物が飛び、まるで何かが怒り狂っているかのようです。
もう、私たちではこの子を育てていくことができません。
誠に勝手なお願いとは存じますが、どうか、この子を、このお寺で引き取ってはいただけないでしょうか。
この子の名前は「夜」といいます。どうか、この子をよろしくお願い申し上げます。』
「……捨て子、いうことか」
ワシは手紙を握りしめた。「信じられない現象」というのは、間違いなく、さっきの破壊音のことやろう。
次の日から、ワシは役所を回り、夜を養子として、ワシの子として迎える準備を始めた。
その時、手紙と一緒に入っていた出生届から役所で取り寄せた戸籍謄本を見て、ワシは驚愕した。夜は、元々、双子として産まれてくるはずやったんや。そして、双子のもう一人は男の子で……死産だった、と記されておった。
夜との暮らしが始まって、ワシはすぐに、あの子の持つ特異な力に気づいた。夜の感情が高ぶったり、癇癪を起したりすると、あの破壊音が始まるんや。
夜が大きくなるにつれ、その力は、音だけでは済まなくなった。
小学校に上がり、クラスで他の子と揉め事を起こした際には、教室中の机や椅子が、まるで爆発でも起きたかのように、めちゃくちゃに飛び散ったことがあった。
その日を境に、夜は学校で「化け物」と気味悪がられ、完全に孤立することになった。
この頃からや。ワシには、夜の後ろに、ゆらゆらと揺れる、黒い影のようなモノが見えるようになった。
その影は、夜の感情と完全にリンクしているようやった。夜が怒れば荒れ狂い、夜が悲しめば、静かに寄り添う。そして、それと同時に、その影は、あらゆる物理的な衝撃から夜を守ってもいた。
考えてみれば、あの子は今まで、転んで擦り傷一つ作ったことがない。
ワシの中で、一つの憶測が確信に変わっていった。
夜の魂は、一つではない。
夜の魂と、産まれてくることができなかった、死んだ双子の男の子の魂。その二つが、奇跡か、あるいは呪いか……分かちがたく融合してしまっているのではないか?
そして、夜の後ろにいるあの黒い影こそが、夜を守り続ける双子の兄……
なんや、と。