夜探偵事務所
第十五章:新しい日常
第十五章:新しい日常
夜探偵事務所には、男の嗚咽が響き渡っていた。
「うっ……うっ……ひっく……!」
健太は、ソファの上で、ティッシュで何度も鼻をかみながら、声を上げて泣いていた。
夜の、あまりにも壮絶な過去。その全てを聞き終えた彼の感情は、もうぐちゃぐちゃだった。
一方、夜は、デスクの椅子に深く体を預け、ヤレヤレといった顔でタバコをふかしている。
やがて、健太は、涙と鼻水で濡れた顔を上げた。そして、尊敬と、憧憬と、その他全ての感情がごちゃ混ぜになった、キラキラした目で夜を見る。
「感動しました!」
「……そうかよ」
「夜さん!俺の分まで、生きてください!」
健太は、ガバッと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「アホか、お前は」
夜は、心底呆れたように、タバコの灰を灰皿に落とす。
「仁の分と、日の分と、お前の分で300年くらい生きろってか?」
「はい!生きてください!」
健太は、満面の笑みで、力強く頷いた。
「はいはい。話は以上だ」
夜は、そのやり取りを断ち切るように、パンと手を叩く。
「仕事しろ、仕事」
「あ、でも、一つだけ疑問に思ったんですけど」
「なんだよ」
「夜さんは、なんで探偵事務所をしようと思ったんですか?霊能者とか仁さんみたいに陰陽師とかの方が、向いてたんじゃないですか?」
その、素朴な疑問に、夜は、心底馬鹿にしたような顔をした。
「はぁ?何が霊能者だよ、ダッセー!」
そして、胸を張って、言い放つ。
「探偵の方が、かっこいいだろうが」
「え?そ、それだけ……ですか?」
健太は、目を点にする。
「もしかして、かっこいいってだけで、探偵を……?」
夜の側頭部の血管が、ピクリと痙攣した。
「……なんか、問題でもあんの?」
「いえ!全然!最高にいいと思います!」
健太は、殺気を感じ取り、全力で首を横に振った。
「分かったら、さっさと営業してこい!」
夜は、ビシッと、事務所のドアを指さす。
「一本でも仕事取れるまで、帰ってくんな!」
「はい!分かりました!行ってまいります!」
健太は、新入社員らしく、元気よく返事をすると、ダッシュで事務所を飛び出していった。
バタン、とドアが閉まり、事務所には、再び静寂が戻る。
夜は、新しいコーヒーを淹れると、デスクに座った。
そして、新しいタバコに、火をつける。
その横顔には、先ほどまでの、人を寄せ付けないような険しさは、もうなかった。
彼女は、どこか吹っ切れたような、生き生きとした、美しい笑顔をしていた。
夜は、天井を仰ぎ見る。
「これから、忙しくなりそうだな」
その言葉は、確かに、もう一人の相棒に向けられていた。
第十五章:新しい日常
夜探偵事務所には、男の嗚咽が響き渡っていた。
「うっ……うっ……ひっく……!」
健太は、ソファの上で、ティッシュで何度も鼻をかみながら、声を上げて泣いていた。
夜の、あまりにも壮絶な過去。その全てを聞き終えた彼の感情は、もうぐちゃぐちゃだった。
一方、夜は、デスクの椅子に深く体を預け、ヤレヤレといった顔でタバコをふかしている。
やがて、健太は、涙と鼻水で濡れた顔を上げた。そして、尊敬と、憧憬と、その他全ての感情がごちゃ混ぜになった、キラキラした目で夜を見る。
「感動しました!」
「……そうかよ」
「夜さん!俺の分まで、生きてください!」
健太は、ガバッと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「アホか、お前は」
夜は、心底呆れたように、タバコの灰を灰皿に落とす。
「仁の分と、日の分と、お前の分で300年くらい生きろってか?」
「はい!生きてください!」
健太は、満面の笑みで、力強く頷いた。
「はいはい。話は以上だ」
夜は、そのやり取りを断ち切るように、パンと手を叩く。
「仕事しろ、仕事」
「あ、でも、一つだけ疑問に思ったんですけど」
「なんだよ」
「夜さんは、なんで探偵事務所をしようと思ったんですか?霊能者とか仁さんみたいに陰陽師とかの方が、向いてたんじゃないですか?」
その、素朴な疑問に、夜は、心底馬鹿にしたような顔をした。
「はぁ?何が霊能者だよ、ダッセー!」
そして、胸を張って、言い放つ。
「探偵の方が、かっこいいだろうが」
「え?そ、それだけ……ですか?」
健太は、目を点にする。
「もしかして、かっこいいってだけで、探偵を……?」
夜の側頭部の血管が、ピクリと痙攣した。
「……なんか、問題でもあんの?」
「いえ!全然!最高にいいと思います!」
健太は、殺気を感じ取り、全力で首を横に振った。
「分かったら、さっさと営業してこい!」
夜は、ビシッと、事務所のドアを指さす。
「一本でも仕事取れるまで、帰ってくんな!」
「はい!分かりました!行ってまいります!」
健太は、新入社員らしく、元気よく返事をすると、ダッシュで事務所を飛び出していった。
バタン、とドアが閉まり、事務所には、再び静寂が戻る。
夜は、新しいコーヒーを淹れると、デスクに座った。
そして、新しいタバコに、火をつける。
その横顔には、先ほどまでの、人を寄せ付けないような険しさは、もうなかった。
彼女は、どこか吹っ切れたような、生き生きとした、美しい笑顔をしていた。
夜は、天井を仰ぎ見る。
「これから、忙しくなりそうだな」
その言葉は、確かに、もう一人の相棒に向けられていた。


