Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
真夏のピエロ
「想、そろそろ新曲できたか?」

スタジオに入って来た本田に、想は楽譜から顔を上げて返事をする。

「はい、一応」
「どれ、見せて。んー、また日本語のタイトルかよ。英語にすりゃいいのに……。『真夏のピエロ』か。ふーん……。夏のサーカスとか、遊園地のイメージ? まあ、いいんじゃない。夏ソングは売れやすいし、明るく弾けた感じなんだろ? いつものお前にしてはがんばったな」

ポンと肩に手を置かれて、想は返す言葉に詰まった。

この曲は、本田のイメージするようなポップな夏の流行歌ではない。
明るい曲調のCメジャーのコード進行ながら、メロディの動きがAマイナーで物哀しさを醸し出している。
それに『ピエロ』も、派手な衣装でおどけた役を演じて人を楽しませるが、実は愚かで悲しい道化師だ。
想はピエロに、自分自身を重ねていた。

(真夏の明るい陽射しの下で、俺だけがあの季節に取り残されている。本音を言えずに取り繕い、心の中では暗い顔をしている。捨て切れない想い、忘れられない記憶。そんな愚かな自分の歌)

想は手元の楽譜をずらして、一番下に隠してあった一枚にそっと視線を移した。
本当に書きたい曲。
タイトルは『小夜曲』

本音で書きたい。
そして誰にも見せないでおこう。
あの夜の記憶と共に、ずっと自分の心の中に大切にしまっておこう。

それが今の想を支える原動力だった。
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