Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
(嘘でしょ、幻? だってあの人……)

どうしても信じられない。
ここに想がいるなんて。

誰もいないバーで、ピアノの前に座った想は、うつむいたまま微動だにしない。
その姿に、やっぱり幻想なんだと思った時だった。

想がゆっくりと顔を上げて、鍵盤に手を載せる。
長い指が柔らかくピアノに触れた刹那、綺麗に澄み切った音色が、真っ直ぐ小夜の心に届いて響いた。

小夜の胸はギュッと締めつけられ、なにも考えられなくなる。
優しくささやくようなメロディ。
温かく包み込んでくれるような音色。
直接語りかけてくる想の言葉。
想いのこもった演奏に、小夜の目から涙が溢れた。

頬を伝ってポロポロとこぼれ落ちる涙をどうすることもできず、ただ小夜はその場に立ち尽くし、想の奏でるピアノに全身を包まれる。

(この曲は、彼の想いそのもの。伝えたかったすべて)

小夜はただそのことだけを確信していた。
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