Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
やっとこの手の中に
エレベーターホールのソファに並んで座り、想はそっと小夜の横顔に目をやる。
これは現実なのかと、まだ半分信じられなかった。

あのあと店内に姿を現したマスターは、まるでこうなることがわかっていたかのように、二人に笑顔を向けた。

「どうぞゆっくりお話ししていってください」

そう言ってくれたが、時間も遅い為、挨拶して店を出た。
だがようやく会えた小夜とすぐに別れる気にもなれず、取り敢えずソファに腰を落ち着けた。

営業を終えた深夜のフロアは、誰一人通らず静まり返っている。

「あの、来栖さん」

やがて小夜が小さく口を開いた。

「なんだ?」
「さっき弾いていた曲は、どういう……?」

やはり演奏を聴かれていたのだろう。
想はポツリと呟いた。

「小夜曲」
「え?」
「俺が作ったセレナーデだ」

小夜は驚いたようにじっと想を見つめる。

(ああ、そうだ。こんなふうに澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめてくる子だった)

改めて思い出し、その綺麗な瞳に見とれた。
今度は想が尋ねる。

「君こそ、どうしてあの曲を?」
「え? あの曲って?」
「エンジェル」

すると小夜はハッと目を見開いた。

「まさか、聴いて……?」
「ああ。今夜マスターに頼んで、営業後にピアノを弾かせてもらうことになっていた。そろそろ閉店する頃かと思って店に入ったら、聴こえてきたんだ」
「そうだったんですね、知らなかった」
「どうしてあの曲を?」

いや、違う。
本当に聞きたいのは、どうして俺の気持ちを知っていたのか?だ。
小夜の演奏は、自分があの曲に重ねていた気持ちをすべて音にしていた。
そしてそれを包み込もうとするような、温かい音色だった。

小夜はうつむいたまま答えない。
答えようがないのだろう。
それは想も同じだった。
あの『小夜曲』をどうして作った?と聞かれれば、答えようがない。

だがそれが、二人同じ気持ちを抱えている証明でもあると想は思った。
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