【シナリオ】となりの席の再挑戦(リスタート)
第8話

選ばれたのは私じゃない。




⚪︎週末、キャンパス内のホールで行われる「医学部懇親会」。
1〜6年の学生が自由に参加できる立食パーティ形式。


白衣ではなく、カジュアルな私服姿の澪。
彼の周囲には自然と人が集まり、特に上級生女子の輪がにぎわっている。

(女子A)
「澪くんって落ち着いてるから、病棟実習でも頼られそう」
「前職も医療系ってすごいよね。私、初期研修で一緒になりたいな〜」


そこにいたのは、6年生の凛とした女性──橘楓。
白衣のときとは違い、知的で洗練された雰囲気。
澪と対等な言葉で笑い合う様子は、まるでドラマのワンシーン。

(しずく・心の声)
(……すごく似合ってる。
歳も近くて、話し方も、大人同士って感じで──
私なんか、間に入る余地なんて……)



壁際で一人、グラスを持ちながら立ちすくむしずく。
澪が誰かと親しくしている姿を見るのが、こんなに苦しいなんて思わなかった。

(しずく・心の声)
(わかってた。
私よりずっと年上で、経験もあって、大人で……
釣り合うわけないって。
でも、でも……)


そのとき、ふと澪がしずくの方を振り返る。
目が合った。


しずくは、とっさに目をそらしてしまう。
澪は一瞬、眉を寄せたように見えたけれど──再び話を続ける。

(しずく・心の声)
(……ばか。なんで、見ないでよ)


⚪︎会の終わり間際。会場の隅。
しずくが外に出ようとすると、背後から声がかかる。


(澪)
「しずくちゃん。……少し、時間ある?」


声が落ち着いているのに、どこか鋭くて、迷いがなかった。
澪が、しずくを小さな中庭へと連れ出す。



⚪︎夜風がやわらかく吹く中庭。
静かな空気の中、しずくは目を伏せたまま立っている。

(澪)
「今日……ずっと目をそらしてたよね。
俺、何かした?」

(しずく)
「……してないです。
してないけど……私、勝手に、苦しくなってました」

(澪)
「苦しく……?」

(しずく)
「澪さんは、素敵な人だから。
同じ目線で話せる人がたくさんいるの、当たり前で……。
私なんて、1年生で、子どもで……」


涙をこらえるように、しずくが言葉を止める。


そのとき。
澪が、しずくの肩に手を添える。

(澪・低く)
「そんなふうに思わせたなら、ごめん」


しずくが驚いて顔を上げると、
澪はまっすぐ見つめ返していた。

(澪)
「俺が誰と話してたって、
“気になるのはしずくちゃんだけ”って、
ちゃんと、伝えなきゃいけなかったよね」


その声はまっすぐで、少し熱を含んでいた。

(澪)
「君に見られてると思った瞬間、
──気が抜けた。どこか安心してた」



風が吹いて、しずくの髪が揺れる。
澪の指が、その一筋をそっと耳にかける。

(澪・静かに)
「俺が、誰と釣り合ってるかじゃない。
俺が“誰の隣にいたいか”って話だろ?」


しずくの瞳に、ぽろりと涙がこぼれる。
でも、それは悲しい涙ではなかった。

(しずく・小さな声で)
「……ずるいです。
そうやって言われたら、
全部、また好きになっちゃう……」



⚪︎懇親会の帰り道。並んで歩くふたり。
夜の道は静かで、星がぽつりぽつりと浮かんでいる。

(澪)
「じゃあ……毎日、もっと好きになってもらおうかな」

(しずく・驚いて)
「えっ……?」

(澪・少し照れて)
「……やっぱ、今のナシ。恥ずかしい」


しずくが笑う。
胸の痛みは、ゆっくり甘く溶けていった。



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