眠るまで、そばにいて
薄暗いリビング。
ソファに仰向けになり、目を閉じていた。
仕事帰りの重たい疲れが、ようやく少しずつ身体の奥から抜けていく気がしていた。

「そんなところで寝てたら、風邪ひくよ」

隣から降りてきた声に、ゆっくりと瞼を開ける。
彼女がいて、指先で前髪を耳にかける仕草が、やけに目に留まった。
無意識のその動きに胸が落ち着かなくなり、視線をそらせなかった。

「別に、ちょっと目ぇつぶってただけや」
わざとらしく余裕を含ませた声を出してみる。
けれど、内心では心臓が速く打つのを止められない。

彼女は困ったように笑い、小さく息をつくとブランケットをそっとかけてくれた。
その指先の温もりが直に伝わり、思わず体が小さく跳ねた。

天井を見て気を紛らわそうとするけれど、視線のやり場がなくて目が泳ぐ。

「子どもじゃないんやし……」
自分に言い聞かせるように小さく呟く声が、自分でも情けなく聞こえた。

彼女が立ち上がろうとする気配を感じた瞬間、無意識にその手首を掴んでいた。

「待ってや、行かんといて」

「どうしたの……?」
驚いたように、少し戸惑った声。
それがどこか懐かしく思えた。

──昔も、こうして引き止めたことがある。

まだ付き合う前、終電ギリギリまで居酒屋で喋り込んだあの夜。
もう帰ると言った彼女のコートの袖を、冗談みたいに掴んだのは自分だった。
あの時は笑いながら「仕方ないな」って一緒にタクシーを待ってくれた彼女の横顔を、今もはっきり覚えている。
あの時から変わらず、俺はずっと、この人に甘えてばかりだ。

「もう少しだけ……」
この言葉も、あの夜と同じだった。

彼女は少しだけ目を丸くしてから、そっと笑った。
「ほんとに子どもみたい」
そう言いながらも、すぐに俺の隣にしゃがみ込んでくれる。

髪に触れる指先が心地よくて、胸のざわめきが少しずつ落ち着いていく。
「こんなんじゃ、あかんのに」と思っても、そのぬくもりに抗う気力なんてなかった。

隣で息を整える彼女の気配に包まれて、俺は静かにまぶたを閉じる。
目を閉じた向こうに浮かぶのは、少し前のあの夜の街の光と、今よりも少し距離のあった彼女の笑顔だった。
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