あのね、先生
episode14. 魔法にかかる3秒前🎃
いつものように始まった英会話の授業。
最後のあいさつが終わったあと——
「あ、そうだ」
何かを思い出したように、
先生がファイルから一枚の紙を取り出した。
「えっと……これ、一応」
差し出されたのは、ハロウィン仕様のポップなチラシ。
『🎃Happy Halloween!👻』
そう書かれていた。
オレンジと黒の色使いが目に鮮やかで、
下の方にはイベントの詳細が記載されている。
『英会話スクール ミニイベント開催決定!
来週のレッスン後、ラウンジにて簡単なパーティーを行います。
仮装・お菓子・ちょっとしたゲームなど…参加自由!』
それを見て、心の中でぽつりと呟く。
もうすぐハロウィンか……
先生はちらりとこちらを見て、
少し首を傾けた。
「スクール長に配れって言われててさ。
……もしよかったら、来てくれる?」
一瞬見せた照れたような表情に、
小さく胸が鳴る。
私は逸らすようにチラシに視線を落とした。
先生、来るのかな。
こういうイベント、苦手そうだけど……
「先生は参加するんですか……?」
そう聞くと、先生は苦笑するように少しだけ目を細めた。
「いや、俺も別に好きなわけじゃないんだけど……
スクール長にお願いされたし、まあ一応ね」
先生も来るんだ。
それなら——
「行こうかな」
小さく笑みが漏れた。
——それから一週間後。
髪をゆるく巻いて、赤い口紅をつける。
最後にキラッと小さく光るイヤリングをつけた。
「いつもの授業とは違うし、少しくらいお洒落してもいいよね」
いつもよりほんの少しだけ
心を浮き立たせながら家を出た。
***
教室の扉を開けると、
にぎやかな笑い声が耳に飛び込んできた。
スクール生たちが
お菓子や飲み物を手に賑やかに談笑している。
そこに、見覚えのある姿があった。
「ハーーーイ!久しぶり、柚葉!!!」
片手に紙コップを持った美沙さんが
明るく駆け寄ってくる。
そして次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「お久しぶりです……」
今日の美沙さんは、やけにテンションが高い。
近づいた瞬間、ほのかにアルコールの匂いがした。
「み、美沙さん、お酒入ってません……?」
そう言いながら顔を上げた時、
少し奥で生徒たちに囲まれていた先生と目が合った。
——けれどその視線はすぐに逸れた。
あれ、今……逸らされた?
「あっ、柚葉! 仮装してないじゃん!」
話を切り替えるように美沙さんが言う。
「だってもう、社会人ですし……」
言いながら美沙さんの服装を見る。
美沙さんは赤と白の色使いで統一された、
セットアップのミニスカワンピース姿。
「美沙さんだって、仮装してないじゃないですか……」
「私はこれ、グリム童話の赤ずきんを意識してるの」
スカートの端を掴んで私に見せる。
美沙さんって、気持ち若いな………
と感じつつ、「なるほど」と頷いた。
その瞬間、美沙さんに腕を引っ張られる。
「こっちきて!」
連れてこられたのは、
仮装グッズが並んだブースだった。
こんなブースがあるの!?
驚く私の頭に、”ポンッ”と何かが乗せられる。
「よし!可愛い!」
渡された鏡を見ると、
頭の上には派手な赤いリボンのカチューシャ。
「えっ、これ付けるんですか……?」
「今日はハロウィンなんだから!これでいてね?」
「あっ、ちょ、美沙さん……!?」
用が済んだのか、美沙さんは私に手を振ると、
嵐のようにどこかへと去っていった。
これ、ちょっと恥ずかしいな……
頭の上に乗せられたカチューシャを触る。
けれど周りを見渡すと、仮装した学生たちも多く
思ったほど浮いていないようにも見えた。
……まぁ、これくらいならいいか。
そう自分に言い聞かせ、近くのテーブルに置かれた紙コップへ手を伸ばした。
ジュースを一口飲んだその時、隣に誰かが来た。
「それ、いいね」
振り向くと、
同じく紙コップを手にした先生が立っていた。
「先生……!」
カチューシャ姿を見られ、
一気に恥ずかしさが込み上げる。
「ちょっと恥ずかしいです、これ……」
「いいんじゃない? 似合ってるよ」
先生は前を向いたまま、一口飲みながらさらりと言った。
さらに顔が熱くなる。
その時、ふと先生のネクタイが目に入る。
そこには、かぼちゃとお化けの柄が
小さくプリントされていた。
「先生も、そのネクタイすごく似合ってますね…!」
「これ?」
ネクタイを指でつまみながら、少し照れくさそうに笑う。
「スクール長が急に『みんなで仮装しよう!』って言い出してさ。……でもまぁ、これはこれで楽しいかなって」
「先生、意外と楽しんでるじゃないですか」
「うーん、まあ、最初は抵抗あったけど……」
先生はネクタイに触れながら、
ふっと視線を落とした。
「こういう雰囲気も悪くないね」
その時、ほんの一瞬だけ、
空気が静かになった気がした。
私たちの目の前では、
仮装した生徒たちが
写真を撮ったり、お菓子を配ったりして、
楽しそうな光景が広がっている。
私たちはその中に溶け込みながら、
どこかいつもとは違う時間を過ごしていた。
この後、あんなことが待ち受けているとも知らずに………
ーーー