あのね、先生

episode13. 甘くて優しい嘘🍮


——10年前のあの日も、今の自分の気持ちも、今ならわかる気がする。


そう言った先生と私の間には
ただ静寂だけが残っていた。


あの頃、私が抱えていた気持ちは、
ただの片思いだったのか。


それとも……


「それって、どういう意味ですか?」


待ちきれず、聞いてしまった。
先生はほんの一瞬、視線を伏せた。


「それは——」


言いかけて、止まる。
そしてもう一度私を見て、静かに言った。


「……それはまた、いつか話すよ」


微笑んでいるのに、
何かを飲み込んでいるようにも見えた。

私は、その言葉に
ただ、頷くことしかできなかった。


「そろそろ帰ろうか」

「……はい」


聞きたいけど、聞けなかった。

先生の温かさと確かめられない思いだけが
残ったまま、私たちはカフェを後にした。


「今日は本当にありがとうございました。あと、ご馳走様でした」


先生に頭を下げる。


「こちらこそ、話してくれてありがとう」


先生はそう言うと、視線を前に戻し、
ほんの少し間を置いた。



「……嬉しかったよ」



その声はどこか低く、やわらかかった。


ただ、


その言葉の意味を考えてしまう。



10年前の私の気持ちが?
それとも、ただ話してくれたことが?



「それなら、良かったです……」



急に恥ずかしくなってきた私は、話を逸らした。



「そ、そういえば先生って、甘いもの好きなんですか!?」



その言葉に驚くように、
一瞬だけ顔がこちらに向けられる。



「……まぁね」



ん?

なんか今、間があったような……?



「プリンになかなか手をつけなかったので、嫌いだったのかなと思って」



その瞬間、先生の目が泳いだように見えた。



「そんなことないよ……?」



髪を触りだす先生の態度が、どこかよそよそしい。



やっぱり、本当は甘いものが苦手なのでは——?



プリンを食べている時も、何度もブラックコーヒーを飲んでいた。
まるで、苦手なものを流し込むかのように。



”欲しそうだったから”2つ頼んだのも、
”早く食べないと自分が2つ食べる”と言ったのも、



私に気を遣って、無理して……?



「でも先生が、私の分も食べようとしてたから好きなのかな?って思ったりもして。……なんか、意外でした」



先生が、わずかに言葉を詰まらせる。



「実はそう、なんだよね」



明らかにおかしい。
ぎこちない様子を見て、私は確信した。



——先生って、甘いもの苦手なんだ。



その必死に返す様子が、少しだけ可笑しくて、
”ふふっ”と笑ってしまった。



「えっ、なに?」

「いえ、なんでも。ただ……ありがとうございます」



そして私は、小さく続けた。



「私も、嬉しかった……」



その言葉を、先生は聞き逃さなかった。



「嬉しいって?」



そう問い返す声は、優しかった。

いつの間にか、駅が見えてくる。




甘いものが苦手な先生の、


——”甘くて優しい嘘”。




先生の本当の思いはまだ見えないけれど、
少しずつ見えてきた”確かなもの”もある。



このまま、少しずつ、

ゆっくりでもいいから、知っていけたらいいな。



——その時。




「てか寒っ」 




寒そうに、先生が肩をすくめた。




秋の夜、時折冷たい風が吹く。




それでも私の心は、じんわりと温かった。



「私は、温かいですよ?」

「え、うそ。じゃあその上着、俺に貸してよ?」

「ダメです!」



そんな風に笑いながら、
私たちは改札へと向かった。


ーーー
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