あのね、先生

episode27. 戻ってきた香り⛄️




──コーヒーの香りに、立ち止まった。




「……コーヒーの匂い」




***


カップにお湯を注ぐと、立ち上った湯気に、

ふわりと香りが混じった。





少しだけ深煎りの、ビターな香り。




「……昔だったら、砂糖も三つくらい入れるんだろうな」




ぽつりと呟いたあとで、思わず口元が緩む。




彼女がブラックを飲めるようになったのは、

いつからだっただろうか──




その変化に気づいている自分が、

どこかおかしくて、どこか切ない。





「……今度は、俺……か」





湯気にまぎれて、
その言葉だけが

静かに部屋に溶けていった。



***



そこは、いつもの通り道にある雑貨屋さん。



その扉がふわりと開いたとき、

漂ってきたのは、



ほんのりとビターな
コーヒーの香りだった。



気づけば、私はその香りに
引き寄せられるように、店の中へと足を踏み入れていた。


店内にはクリスマスソングが流れ、

赤や金の飾り、キャンドルやオーナメントなどで彩られている。



温かいオレンジ色の照明に、
人々の賑やかな声。




それだけでほっとする安心感があった。



アンティーク調の棚には、

色とりどりのマグカップが並んでいる。


それを眺めながら、私はぼんやりと思った。




——あの日以来、

いや篠宮さんに会った日以来だろうか。



黒い手紙も、跡をつけられている気配も、

ストーカーらしき行動は、ぴたりとなくなった。



それはよかったけど……

やっぱり、篠宮さんが関係してたんだろうか。




最近は色んなことがあって、
すっかり忘れてたけど、

もうすぐスクールのクリスマス会。



私はプレゼント交換のための

ギフトを探していた。




誰に届くかわからないけれど、

心を込めて選ぼうと思った。




棚の間をすり抜けると、
さっきと同じコーヒーの香りが漂ってくる。




その香りは、あの夜。



自販機の前で先生が飲んでいた
ブラックコーヒーと同じ香りで、

脳裏にあの日のことが浮かんだ。



先生は、どこか寂しそうで、

何かを悩んでいるようにも見えて、

でも、それだけじゃなかった。



優しさも、あたたかさも、

ちょっとだけ、遠さもあって。



全部が混ざったような、

忘れられない表情をしていた。




結局、借りたままの
マフラーも返せてないな……




足を進めると目の前には、
併設された小さなカフェがあった。


寄り添って笑うカップルたちが

楽しそうにコーヒーを飲んでいる。


その光景を眺めていると、
篠宮さんから言われた言葉が頭によぎった。




”所詮、先生と生徒なんだよ”

”10年も前から好きって、いつまで追いかけるつもり?”




——その通りだ。



自分の中でも本当は
引っかかっていたことに、

見ないように蓋をしていた。



篠宮さんに言われて目が覚めた気がする。





……もう、好きになっちゃいけないんだ。





忘れなきゃいけない。


この想いは、もう届かないはずだから。





そう心で呟いたとき、ふと思い出す。





そういえば、10年前も、


これくらい寒い冬だったな。





あの頃も、
こんな気持ちだった。




必死に先生のこと、忘れようとして。




ただ、あの時に戻っただけ。




あの時、抱えていた想いは

一度でも忘れられたんだから、



——きっと大丈夫。




クリスマスソングが鳴り響く店内。


鮮やかなギフトたちを見ながら、
自分にそう言い聞かせた。




それなのに。




「久しぶり」




翌日、私の前にいたのは——




先生だった。





ーーー
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