姫君の憂鬱―悪の姫と3人の王子共―
「――……て。」
わずかに動いた唇と、微かに聞こえた声に俺たちはピタリと静かになる。
確かに涼ちゃんが何かを言ったはずだけど、誰もそれを聞き取れていなくて3人キョトンとして彼を見つめた。
「“手”。」
――て?手?
今度はハッキリと聞き取ったのに、意味はわからなくて戸惑いながら曖昧に微笑む。
「手?夏関係ねーじゃん。」
まーくんも同じ気持ちのようで怪訝な顔でさらに首を捻っている。
その隣でひーちゃんが一瞬驚いた顔をしていたのを俺は見逃さなかった。
「ふーん、あっそ。やっぱり私のが1番夏の思い出を表現できてるわね!
そろそろ提出してこよーっと。」
床に落としたままの自分の作品を拾い上げてひーちゃんが足早に教卓へと行ってしまう。
いつもならさっきのまーくんと同じような反応をするだろうに、隠し事が下手だなぁ。
(夏祭りの人混みで逸れないように手を繋いだとか?)
ベタベタなシチュエーションだけど、ない線ではなさそうだ。
「なんだアイツ?」と今度はひーちゃんに対して眉を顰めるまーくんの向こうで、置物みたいに座っている涼ちゃんの横顔を見つめる。
ひーちゃんの反応もおかしかったけど、もっとおかしいのは涼ちゃんでしょ。
感情欠落ロボットのはずの涼ちゃんが、そんな粋なワードを選ぶなんてさ。
それがもし“ひーちゃんの手”なのだとしたら。
頭の中に俺に怒ったひーちゃんの姿が浮かぶ。
まっすぐバカで情に厚い、俺を救ってくれた人。
(……だめだよ涼ちゃん。“今はまだ”、ね。)
そんなこと言わなくても、なんとなく涼ちゃんならわかっていそうな気もするけれど。