桜の記憶
第40話 受け継がれる味
翌朝の桜月庵。
まだ店を開ける前の調理場に、若女将・梢や佐々木、塔子が揃っていた。
その中央に置かれた盆の上には、淡い桜色に仕上げられた「桜薫」が静かに並んでいる。
「これが……」
梢が感嘆の声を漏らした。花びらを模した繊細な形は、美しくも儚げで、ただ眺めるだけで心を掴まれる。
「昨夜、美咲さんがひとりで仕上げたんですって?」
塔子が目を丸くし、柔らかく微笑んだ。
佐々木は腕を組み、真剣な眼差しで一つを手に取る。
「形は悪くない。肝心なのは……」
そう言って一口、静かに頬張った。
数秒の沈黙。
やがて佐々木の険しい表情がふっと緩む。
「……柔らかい甘さの奥に、桜の香りが広がる。後味が澄んでいて、心が和む。……悪くない、いや──見事だ」
その言葉に、美咲の胸が熱くなった。
「本当に……そう思っていただけますか」
「ええ」梢が頷く。「お母様の残した味を追いながら、でもそれだけじゃない。美咲さん自身の想いが、きちんと形になっているわ」
塔子も微笑みながら菓子を口にした。
「ふふ……食べた瞬間、春の光を浴びた気分になった。美咲ちゃんの優しさが伝わるわね」
美咲は言葉を失った。
長い間、自分はただ過去を追っているだけだと思っていた。
けれど──今ここにあるのは、母の記憶に重ねて自分自身が作り上げた味。
背後から聞き慣れた声がした。
「いい仕上がりだな」
振り向くと、会場で再会した藤崎蓮が立っていた。
驚く美咲に、椿が静かに言う。
「藤崎さんにも、見てもらいなさい。……春香が託した想いを、きっと受け止めてくれる」
蓮は一つ桜薫を手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。
そして目を閉じ、しばらくの沈黙の後、穏やかに微笑んだ。
「……ああ。間違いない。これは、春香さんの味だ。そして……君自身の味でもある」
美咲の目に涙がにじんだ。
「母の……そして私の……」
桜薫を囲む輪の中で、美咲は初めて“過去と現在が一つにつながった”感覚を抱いていた。
まだ店を開ける前の調理場に、若女将・梢や佐々木、塔子が揃っていた。
その中央に置かれた盆の上には、淡い桜色に仕上げられた「桜薫」が静かに並んでいる。
「これが……」
梢が感嘆の声を漏らした。花びらを模した繊細な形は、美しくも儚げで、ただ眺めるだけで心を掴まれる。
「昨夜、美咲さんがひとりで仕上げたんですって?」
塔子が目を丸くし、柔らかく微笑んだ。
佐々木は腕を組み、真剣な眼差しで一つを手に取る。
「形は悪くない。肝心なのは……」
そう言って一口、静かに頬張った。
数秒の沈黙。
やがて佐々木の険しい表情がふっと緩む。
「……柔らかい甘さの奥に、桜の香りが広がる。後味が澄んでいて、心が和む。……悪くない、いや──見事だ」
その言葉に、美咲の胸が熱くなった。
「本当に……そう思っていただけますか」
「ええ」梢が頷く。「お母様の残した味を追いながら、でもそれだけじゃない。美咲さん自身の想いが、きちんと形になっているわ」
塔子も微笑みながら菓子を口にした。
「ふふ……食べた瞬間、春の光を浴びた気分になった。美咲ちゃんの優しさが伝わるわね」
美咲は言葉を失った。
長い間、自分はただ過去を追っているだけだと思っていた。
けれど──今ここにあるのは、母の記憶に重ねて自分自身が作り上げた味。
背後から聞き慣れた声がした。
「いい仕上がりだな」
振り向くと、会場で再会した藤崎蓮が立っていた。
驚く美咲に、椿が静かに言う。
「藤崎さんにも、見てもらいなさい。……春香が託した想いを、きっと受け止めてくれる」
蓮は一つ桜薫を手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。
そして目を閉じ、しばらくの沈黙の後、穏やかに微笑んだ。
「……ああ。間違いない。これは、春香さんの味だ。そして……君自身の味でもある」
美咲の目に涙がにじんだ。
「母の……そして私の……」
桜薫を囲む輪の中で、美咲は初めて“過去と現在が一つにつながった”感覚を抱いていた。