桜の記憶
第49話 二人の距離
春の夜、桜月庵の帳場の灯りが落ち、店の外は静けさに包まれていた。
客を送り出した後の座敷には、美咲と悠人だけが残っていた。
「今日は……ありがとうございました」
美咲が深々と頭を下げる。藤崎に母・春香の話を聞かせてもらった後も、心は揺れ続けていた。
「美咲。あの言葉、胸に残ったか?」
「はい……。『人の笑顔を思い浮かべる』。母も同じように考えていたのかもしれません」
美咲は小さく微笑んだ。けれど、その微笑みに、悠人の胸は不意に熱くなる。
彼女が迷いの中で見せるその笑顔こそ、今の自分を支えているのだと痛感した。
しばし沈黙が流れた後、悠人が口を開いた。
「……もし俺が、春香さんのことをもっと知っていたら、美咲に伝えてやれるのに」
「いいえ。悠人さんは、私にとって十分すぎるくらいの存在です」
はっとして、美咲は言葉を飲み込んだ。だが悠人はゆっくりと頷き、その眼差しを彼女に向け続けた。
「俺も……そうだ。お前がここに来てくれて、本当に良かったと思ってる」
胸が高鳴る。
恋心だと気づいてはいけないと頭ではわかっている。けれど、美咲の心はすでに、悠人へと傾き始めていた。
翌日。桜月庵の厨房では、若女将・梢が美咲を呼び止めた。
「昨日のあの菓子……よくやったね。藤崎先生に認めてもらえたのは大きいわ」
「ありがとうございます。でも、私一人の力じゃありません。悠人さんや皆さんが支えてくださったからです」
そう言う美咲に、梢は目を細めた。
「あなた、本当に表情が柔らかくなったわね。……もしかして、悠人と何かあった?」
「えっ……な、なにも……」
慌てる美咲を見て、梢はくすりと笑った。
「隠さなくてもいいのよ。お互いに支え合えるなら、それが一番じゃない」
その言葉に、美咲の頬は自然と赤く染まった。
客を送り出した後の座敷には、美咲と悠人だけが残っていた。
「今日は……ありがとうございました」
美咲が深々と頭を下げる。藤崎に母・春香の話を聞かせてもらった後も、心は揺れ続けていた。
「美咲。あの言葉、胸に残ったか?」
「はい……。『人の笑顔を思い浮かべる』。母も同じように考えていたのかもしれません」
美咲は小さく微笑んだ。けれど、その微笑みに、悠人の胸は不意に熱くなる。
彼女が迷いの中で見せるその笑顔こそ、今の自分を支えているのだと痛感した。
しばし沈黙が流れた後、悠人が口を開いた。
「……もし俺が、春香さんのことをもっと知っていたら、美咲に伝えてやれるのに」
「いいえ。悠人さんは、私にとって十分すぎるくらいの存在です」
はっとして、美咲は言葉を飲み込んだ。だが悠人はゆっくりと頷き、その眼差しを彼女に向け続けた。
「俺も……そうだ。お前がここに来てくれて、本当に良かったと思ってる」
胸が高鳴る。
恋心だと気づいてはいけないと頭ではわかっている。けれど、美咲の心はすでに、悠人へと傾き始めていた。
翌日。桜月庵の厨房では、若女将・梢が美咲を呼び止めた。
「昨日のあの菓子……よくやったね。藤崎先生に認めてもらえたのは大きいわ」
「ありがとうございます。でも、私一人の力じゃありません。悠人さんや皆さんが支えてくださったからです」
そう言う美咲に、梢は目を細めた。
「あなた、本当に表情が柔らかくなったわね。……もしかして、悠人と何かあった?」
「えっ……な、なにも……」
慌てる美咲を見て、梢はくすりと笑った。
「隠さなくてもいいのよ。お互いに支え合えるなら、それが一番じゃない」
その言葉に、美咲の頬は自然と赤く染まった。