桜の記憶

第52話 桜の下で

春の陽射しが柔らかく差し込む庭先に、桜月庵の大きな桜が咲き誇っていた。
 満開の花びらは、まるで空から舞い降りる祝福のようだった。

 店先では、大女将・椿と若女将・梢が笑顔で客を迎えている。
 佐々木や塔子も忙しそうに動きながらも、どこか誇らしげだ。

 そして厨房の奥で、新しい菓子が丁寧に仕上げられていた。
 それは、美咲が悠人と共に改良を重ねてきた「桜薫」。
 春香の手帳に残された想いと、美咲自身の感性が織り込まれた、まさに“桜月庵の新しい顔”ともいえる菓子だった。

「今年の桜薫は、一段と香りがいいね」
 椿が目を細めると、梢がにこやかにうなずく。
「ええ。きっと、美咲さんの気持ちが込められているからでしょう」

 美咲は少し照れながら、悠人と目を合わせた。
 悠人も穏やかな笑みを返す。互いに心の奥を確かめ合ったあの日から、二人はもう迷ってはいなかった。

 仕事を終えた夕暮れ、二人は桜の木の下に並んで腰を下ろした。
 花びらが舞い落ち、二人の肩にそっと触れる。

「美咲さん……これからも一緒に、この桜を見ていこう」
 悠人の声は、どこまでも優しく響いた。

「はい。私も……ずっとそばにいます」

 美咲は静かに応え、寄り添うように悠人の肩に身を預けた。
 失われた記憶、過去の痛み、そして数々の葛藤──それらすべてを越えた先に、ようやく辿り着いた“今”がある。

 夜が訪れるころ、桜は淡く照らされ、まるで未来を示す灯火のように輝いていた。

 「桜の記憶」──それは過去の悲しみではなく、新しい愛と希望を刻むために咲き続ける。

< 52 / 52 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

表紙を見る 表紙を閉じる
25歳の朱里は、同じ部署の先輩・嵩にずっと片想いをしていた。けれども不器用な朱里は、素直に「好き」と言えず、口から出るのはいつも「大嫌い」。彼女のツンデレな態度に最初は笑って受け流していた嵩も、次第に本気で嫌われていると思い込み、距離を置き始める。 そんな中、後輩の瑠奈が嵩に好意を寄せ、オープンに想いを伝えていく。朱里は心の奥で「私は本当は死ぬほど好きなのに」と叫びながらも、意地とプライドが邪魔をして一歩踏み出せない。 しかし、嵩の転勤が決まり、別れが迫ったとき、朱里はついに「大嫌い」と100回も繰り返した心の裏にある“本音”を告白する決意をする――。
アンケート

総文字数/112,590

ミステリー・サスペンス104ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
フリーターの三枝美佳は、謝礼に惹かれて軽い気持ちでオンラインアンケートに回答する。しかし最後の設問で「消えてほしい人の名前」を書いた直後、その人物が謎の死を遂げる。 やがて「次の質問」が届き、美佳は逃れられない“選択”を迫られていく。やがて判明するのは、自分だけではなく他にも同じように“選ばされた”者たちが存在するという事実。 答えれば誰かが消え、拒めば自分が狙われる── 繰り返される悪意の連鎖と操作された運命の果てに、美佳がたどり着くのは…。
運命の契約書

総文字数/122,746

恋愛(純愛)30ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。 神崎蓮は大手商社「神崎グループ」の若き専務。冷静沈着で完璧主義だが、過去の恋愛で裏切られた経験から心の壁を作っている。一方、横井美優は苦学する大学生。正義感が強く、将来は国際機関で働くことを夢見ている。 ある雨の日、美優がアルバイト先のカフェでクレーマーに困っているところを蓮が助ける。後日、美優は蓮の落とした名刺入れを返しに会社を訪れるが、そこで二人の間には大きな社会的格差があることを痛感する。 その後、大学の説明会で再会したことをきっかけに、蓮は美優にインターンシップを提案。美優は一度は断るものの、蓮の誠実さに惹かれ徐々に心を開いていく。やがて二人は惹かれ合い、恋人同士となる。 しかし、蓮の元婚約者である宮下麻里子の登場により、二人の関係に暗雲が立ち込める。麻里子は様々な策略で美優を苦しめ、ついには二人の間に決定的な誤解を生んでしまう。傷ついた美優は蓮に別れを告げ、二人は一度は道を違えてしまう。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop