秘めた恋は、焔よりも深く。
来賓のスピーチが続き、先生への花束贈呈、乾杯の音頭。
ようやく一通りの儀式が終わり、緊張もほどけはじめる。
受付や雑務の手伝いに追われていた美咲は、ようやく解放され、会場の片隅でジュースのグラスを手にした。
ほっと息をつき、背筋を伸ばしたそのとき。
「……佐倉さん?」
背後から聞き慣れた低い声がした。
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは松田専務だった。
「やはりあなたでしたか」
専務の目がわずかに細まり、心から嬉しそうな笑みを浮かべていた。
思わぬ再会に、美咲は一瞬、言葉を失った。
胸の奥に、説明のつかないざわめきが広がっていく。
「松田専務……偶然ですね。先生のお祝いのお手伝いをしていただけで」
美咲は努めて穏やかに答え、会釈して一歩引こうとした。
だが専務は、その隙を与えなかった。
「偶然とはいえ、こうしてあなたに再び会えたのは、私にとって喜ばしいことです。
もし許していただけるなら……ほんのひととき、私にお時間をいただけませんか」
美咲は返事に詰まり、わずかに視線を伏せた。
専務のまっすぐな眼差しを受け止めながらも、適当な言葉が見つからない。
その沈黙を見計らったように、松田専務が低い声で促した。
「……ここでは人が多すぎる。せっかくの再会だ、落ち着いて話せる場所へ移りましょう。
ホテルのラウンジなら、静かに言葉を交わせる」
丁寧な物腰ながらも、逃げ道を与えない響き。
祝いの席の華やぎと対照的に、専務の存在感は圧を増していく。
美咲はグラスを持つ手に、知らず知らず力を込めていた。
「お話なら……ここでお願いします」
にこりと笑って、美咲は柔らかくかわすように答えた。
「ここで、ですか?」
松田専務は小さくうなずき、視線をめぐらせると、会場の奥を指し示した。
「では……あちらならよいでしょう」
人の流れが途切れた会場の端。照明もやや落ち、談笑の輪から外れた静けさがある。
専務はためらいなくその方向へ歩き出した。
美咲はジュースのグラスを手にしたまま、一拍置いてから後を追った。
足を止めた専務は、正面から美咲を見据える。
さきほどまでの社交的な笑みは消え、重みを帯びた声が落ちる。
「……佐倉さん。今度、二人だけで会いたい」
松田専務の真剣なまなざしに、美咲は一瞬、息を詰めた。
けれど、もう曖昧に微笑んでやり過ごすことはできない。
専務の好意には気づいていたし、今この場で曖昧にすれば、かえって誤解を深めるだけだ。
美咲はグラスをテーブルに置き、まっすぐに松田専務を見つめ返した。
「……それはできません」
低く、しかしはっきりとした声が、二人の間に落ちた。
専務の表情がわずかに動く。
「私には……心に思う男性がいます。その方以外の男性と二人きりで会うことは、したくありません」
静けさが訪れる。会場のざわめきや笑い声が遠くに霞んで、
その一言だけが際立つように響いた。
専務は短く息を吐き、すぐに笑みを取り繕った。
だがその目の奥に、一瞬かすかな痛みと、何かを計るような光が揺れた。
「……そうですか。あなたがそう言うなら、これ以上は言うまい」
そう言いつつも、専務の声にはまだ諦めきれぬ響きが残っていた。
美咲は深く頭を下げ、背筋を伸ばして会場の方へ戻っていった。
胸の奥で鼓動が高鳴っている。けれど、心はもう迷ってはいなかった。
ようやく一通りの儀式が終わり、緊張もほどけはじめる。
受付や雑務の手伝いに追われていた美咲は、ようやく解放され、会場の片隅でジュースのグラスを手にした。
ほっと息をつき、背筋を伸ばしたそのとき。
「……佐倉さん?」
背後から聞き慣れた低い声がした。
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは松田専務だった。
「やはりあなたでしたか」
専務の目がわずかに細まり、心から嬉しそうな笑みを浮かべていた。
思わぬ再会に、美咲は一瞬、言葉を失った。
胸の奥に、説明のつかないざわめきが広がっていく。
「松田専務……偶然ですね。先生のお祝いのお手伝いをしていただけで」
美咲は努めて穏やかに答え、会釈して一歩引こうとした。
だが専務は、その隙を与えなかった。
「偶然とはいえ、こうしてあなたに再び会えたのは、私にとって喜ばしいことです。
もし許していただけるなら……ほんのひととき、私にお時間をいただけませんか」
美咲は返事に詰まり、わずかに視線を伏せた。
専務のまっすぐな眼差しを受け止めながらも、適当な言葉が見つからない。
その沈黙を見計らったように、松田専務が低い声で促した。
「……ここでは人が多すぎる。せっかくの再会だ、落ち着いて話せる場所へ移りましょう。
ホテルのラウンジなら、静かに言葉を交わせる」
丁寧な物腰ながらも、逃げ道を与えない響き。
祝いの席の華やぎと対照的に、専務の存在感は圧を増していく。
美咲はグラスを持つ手に、知らず知らず力を込めていた。
「お話なら……ここでお願いします」
にこりと笑って、美咲は柔らかくかわすように答えた。
「ここで、ですか?」
松田専務は小さくうなずき、視線をめぐらせると、会場の奥を指し示した。
「では……あちらならよいでしょう」
人の流れが途切れた会場の端。照明もやや落ち、談笑の輪から外れた静けさがある。
専務はためらいなくその方向へ歩き出した。
美咲はジュースのグラスを手にしたまま、一拍置いてから後を追った。
足を止めた専務は、正面から美咲を見据える。
さきほどまでの社交的な笑みは消え、重みを帯びた声が落ちる。
「……佐倉さん。今度、二人だけで会いたい」
松田専務の真剣なまなざしに、美咲は一瞬、息を詰めた。
けれど、もう曖昧に微笑んでやり過ごすことはできない。
専務の好意には気づいていたし、今この場で曖昧にすれば、かえって誤解を深めるだけだ。
美咲はグラスをテーブルに置き、まっすぐに松田専務を見つめ返した。
「……それはできません」
低く、しかしはっきりとした声が、二人の間に落ちた。
専務の表情がわずかに動く。
「私には……心に思う男性がいます。その方以外の男性と二人きりで会うことは、したくありません」
静けさが訪れる。会場のざわめきや笑い声が遠くに霞んで、
その一言だけが際立つように響いた。
専務は短く息を吐き、すぐに笑みを取り繕った。
だがその目の奥に、一瞬かすかな痛みと、何かを計るような光が揺れた。
「……そうですか。あなたがそう言うなら、これ以上は言うまい」
そう言いつつも、専務の声にはまだ諦めきれぬ響きが残っていた。
美咲は深く頭を下げ、背筋を伸ばして会場の方へ戻っていった。
胸の奥で鼓動が高鳴っている。けれど、心はもう迷ってはいなかった。