秘めた恋は、焔よりも深く。
華やかな祝宴も終わりに近づき、会場に流れる空気は少しずつ和らいでいた。
時計の針はすでに夜の九時に差しかかろうとしている。
二次会に誘う声もあったが、美咲はやんわりと断り、ホテルを後にするつもりで控えめに席を立った。
出口に向かう途中、ふと思い立って化粧室に立ち寄る。
鏡の前で着物の帯を整え、口紅を直してから、ようやくバッグの奥にしまい込んでいた携帯電話を取り出した。
画面を点けた瞬間、美咲は息を呑んだ。
そこには、おびただしい数の着信履歴。すべて「黒瀬龍之介」の名が並んでいる。
「……えっ……」
思わず声が漏れる。
通知の数字が、彼の苛立ちと焦燥を雄弁に物語っていた。
なぜこんなにも…胸の奥に、驚きと同時に、説明のつかない熱が広がっていく。
化粧室の静けさの中、美咲は震える指先で通話ボタンを押した。
耳に当てた携帯から、すぐに低く張り詰めた声が響く。
「……美咲か? 無事なのか?」
安堵と焦燥が入り混じった声。
続けざまに、抑えきれない想いがこぼれ落ちる。
「返事がなくて……心配した。何度もかけたんだ。事故にでも遭ったんじゃないかと……」
怒鳴るのではなく、彼女を案じる必死さがにじむ。
美咲は胸が締めつけられるような思いで、静かに口を開いた。
「……すみません。パーティーのお手伝いで、携帯をバッグに入れっぱなしにしていて……」
「パーティー?」
龍之介の声が少し和らぎ、深く息をついた。
「……無事ならいい。それだけで十分だ。けれど、美咲……俺は、君の声を聞けるまで落ち着けなかった」
その言葉に、美咲の胸の奥で何かが熱を帯びて揺れた。
「ごめんなさい。……龍之介さん、迎えに来てくれる?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、受話口の向こうで押し殺したような笑い声が混じった。
「……美咲。もちろんだよ、今すぐ会社を出る。」
安堵と歓喜が入り混じった声。
彼の低い声音には、もう抑えきれないほどの愛しさが溢れていた。
「もちろんだ。どこにいる? すぐに迎えに行く」
言葉の最後は、命令にも似た力強さ。
けれどその響きは、ただひとりを守りたいという愛情そのものだった。
夜九時を回ったホテルのエントランス。
つい先ほどまで、タクシーや黒塗りの車が次々と横付けされ、ドアマンの動きも慌ただしかった。
だが、パーティーに出席していた来賓たちが次々と帰路につき、華やかなざわめきは次第に薄れていく。
今はもう、広いエントランスに残っているのはわずかな宿泊客と、待ち構えるドアマンだけ。
しんと静まり返った空気の中、美咲は着物姿のまま、夜風を感じながら立っていた。
スマートフォンを握る指先に、じんわりと熱がこもる。
〈迎えに来てくれる?〉、そう告げた自分の声が、まだ胸の奥に響いている。
そのとき、黒い車が静かに滑り込むように停まった。
ドアが開き、背の高いスーツ姿の男が姿を現す。
濃紺のスーツに白いシャツ。仕事を切り上げ、ただ彼女のもとへ駆けつけたのだと一目でわかる佇まい。
すでに人影のまばらなエントランスをまっすぐに歩き、美咲の前に立つ。
その眼差しは、彼女だけを映していた。
「……待たせたな」
そう言って龍之介は、美咲の手を自然に取る。
温もりが掌に伝わり、彼女の心臓が跳ねた。
「行こうか」
夜の静けさの中、その一言は優しくも確かに、美咲を包み込んでいた。
時計の針はすでに夜の九時に差しかかろうとしている。
二次会に誘う声もあったが、美咲はやんわりと断り、ホテルを後にするつもりで控えめに席を立った。
出口に向かう途中、ふと思い立って化粧室に立ち寄る。
鏡の前で着物の帯を整え、口紅を直してから、ようやくバッグの奥にしまい込んでいた携帯電話を取り出した。
画面を点けた瞬間、美咲は息を呑んだ。
そこには、おびただしい数の着信履歴。すべて「黒瀬龍之介」の名が並んでいる。
「……えっ……」
思わず声が漏れる。
通知の数字が、彼の苛立ちと焦燥を雄弁に物語っていた。
なぜこんなにも…胸の奥に、驚きと同時に、説明のつかない熱が広がっていく。
化粧室の静けさの中、美咲は震える指先で通話ボタンを押した。
耳に当てた携帯から、すぐに低く張り詰めた声が響く。
「……美咲か? 無事なのか?」
安堵と焦燥が入り混じった声。
続けざまに、抑えきれない想いがこぼれ落ちる。
「返事がなくて……心配した。何度もかけたんだ。事故にでも遭ったんじゃないかと……」
怒鳴るのではなく、彼女を案じる必死さがにじむ。
美咲は胸が締めつけられるような思いで、静かに口を開いた。
「……すみません。パーティーのお手伝いで、携帯をバッグに入れっぱなしにしていて……」
「パーティー?」
龍之介の声が少し和らぎ、深く息をついた。
「……無事ならいい。それだけで十分だ。けれど、美咲……俺は、君の声を聞けるまで落ち着けなかった」
その言葉に、美咲の胸の奥で何かが熱を帯びて揺れた。
「ごめんなさい。……龍之介さん、迎えに来てくれる?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、受話口の向こうで押し殺したような笑い声が混じった。
「……美咲。もちろんだよ、今すぐ会社を出る。」
安堵と歓喜が入り混じった声。
彼の低い声音には、もう抑えきれないほどの愛しさが溢れていた。
「もちろんだ。どこにいる? すぐに迎えに行く」
言葉の最後は、命令にも似た力強さ。
けれどその響きは、ただひとりを守りたいという愛情そのものだった。
夜九時を回ったホテルのエントランス。
つい先ほどまで、タクシーや黒塗りの車が次々と横付けされ、ドアマンの動きも慌ただしかった。
だが、パーティーに出席していた来賓たちが次々と帰路につき、華やかなざわめきは次第に薄れていく。
今はもう、広いエントランスに残っているのはわずかな宿泊客と、待ち構えるドアマンだけ。
しんと静まり返った空気の中、美咲は着物姿のまま、夜風を感じながら立っていた。
スマートフォンを握る指先に、じんわりと熱がこもる。
〈迎えに来てくれる?〉、そう告げた自分の声が、まだ胸の奥に響いている。
そのとき、黒い車が静かに滑り込むように停まった。
ドアが開き、背の高いスーツ姿の男が姿を現す。
濃紺のスーツに白いシャツ。仕事を切り上げ、ただ彼女のもとへ駆けつけたのだと一目でわかる佇まい。
すでに人影のまばらなエントランスをまっすぐに歩き、美咲の前に立つ。
その眼差しは、彼女だけを映していた。
「……待たせたな」
そう言って龍之介は、美咲の手を自然に取る。
温もりが掌に伝わり、彼女の心臓が跳ねた。
「行こうか」
夜の静けさの中、その一言は優しくも確かに、美咲を包み込んでいた。