秘めた恋は、焔よりも深く。
グランピングキャンプ場へ到着した。
二人はコンシェルジュの先導で、滞在するテントへと足を踏み入れる。

大型のグランピングテントは、想像以上に快適だった。
ウッドフロアにはラグが敷かれ、ベッド、暖色の間接照明が穏やかに灯っている。
まるで森の中のスイートルームのようだ、と美咲は思った。

中に入るなり、龍之介はひとつ大きく伸びをした。

「……はあ。仕事とはいえ、これは贅沢だな」

低く吐き出された声に、張りつめていた空気が少し緩む。
彼は上着を脱いでソファに軽くかけると、肩の力を抜いた。
その瞬間、硬い表情の奥に隠されていた柔らかさが、不意にあらわになる。
「……美咲、ここにきて」

低い声に呼ばれ、迷いながらも足を運ぶ。
ソファに腰をかけた龍之介の前に立った瞬間、彼の手が自然に美咲の手をとらえた。

外の世界では上司と部下。
けれど、この空間ではもう違う。

「やっと……二人きりだな」

温もりに触れた瞬間、仕事の仮面は静かに剥がれ落ちていった。

「……龍之介さん……」
美咲の声は、かすかに震えていた。

次の瞬間、龍之介は彼女の手をとり、そのまま強く引き寄せる。
不意を突かれた美咲の身体は、あっという間に彼の膝の上へ。
横抱きにされた瞬間、美咲はわずかに身を捩ったが、
その動きを見透かすように彼の腕はさらに強くなる。
仕事の顔を脱ぎ捨てた男の、まっすぐな熱がそこにあった。

龍之介は美咲を抱きしめたまま、しばらく肩に顔を埋めていた。
規則正しい息遣いが耳元にかかり、その温かさに美咲の胸もじんわりと熱を帯びていく。

疲れているのね。

そう思った瞬間、胸の奥に小さな切なさが芽生えた。
彼は常に人の前では隙を見せない。
けれど今、自分の腕の中でだけは、安らぎを求めるように重みを預けている。
美咲はじっと動かず、そのまま彼が動き出すのを待とうと思った。
自分にできるのは、ただ黙って受け止めることだけ。

やがて、ゆっくりと龍之介の腕の力が強まる。
顔を上げたときの瞳には、すでに迷いはなく無言のまま、龍之介の唇が美咲へと近づく。
抱きしめる腕の強さに抗えず、まぶたを閉じかけた、その瞬間。

ルルル……。

テントの中に、不意に電話のベルが鳴り響いた。
二人は同時にわずかに身を引き、現実に引き戻される。

受話器を取ると、スタッフの穏やかな声が告げた。
「お客様、夕食の準備が整っております。どうぞダイニングまでお越しくださいませ」

美咲は受話器を置き、気まずさを隠すように小さく息を整えた。
さっきまで触れそうだった彼の唇の余韻が、まだ熱を残している。

龍之介は軽く笑みを浮かべ、わざと何事もなかったかのように立ち上がった。
「行こう。せっかくのキャンプ場のもてなしだ」

その声に、美咲も慌てて頷く。
二人は手早く荷物を解き、仕事着からカジュアルな服へと着替えた。

美咲は、キャメルベージュのスーツを脱ぎ、落ち着いた色合いのニットに身を包む。
柔らかい素材が肌に触れるたび、緊張がほどけていくのを感じた。
一方の龍之介は、ダークカラーのシャツに袖を通し、腕時計を外してリラックスした雰囲気を漂わせる。

ふと視線が重なった瞬間、さっき未遂に終わった唇の記憶がよみがえる。
互いに言葉にはせず、ただ目を逸らして準備を続けた。

やがて二人は連れ立ってテントを出る。
夜の森の静けさの中、ダイニングへと向かう小道を並んで歩く足音だけが響いていた。

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