秘めた恋は、焔よりも深く。
「……もう寝ようか。今週はお互い忙しかっただろう」
龍之介の声は穏やかで、どこか安心させる響きを含んでいた。

そう言いながら、美咲の手を自然に取る。
温かな掌に導かれるまま、二人は寝室へと足を進めた。

そこに用意されていたのは、想像していたシュラフなどではなく、ふかふかのダブルベッド。
白いシーツに、柔らかな羽毛布団。
間接照明の淡い光に包まれて、まるで山奥とは思えないほど贅沢な空間が広がっている。

美咲は思わず息を呑んだ。
ここで、彼と一緒に眠るのだ。

龍之介は振り返り、微かに笑みを浮かべる。
その手はまだ、美咲の手を離さなかった。

寝室に入ると、互いに目を合わせることなく、自然に持参したパジャマを手に取った。
龍之介は落ち着いた色合いのルームウェアに、美咲は柔らかなコットンのパジャマに袖を通す。

着替えを終え、照明を少し落とすと、室内は穏やかな灯りに包まれた。
大きなダブルベッドの片側に美咲が身を沈め、もう片側に龍之介が腰を下ろす。
柔らかなマットレスに身体を預けた瞬間、思わず深い息がこぼれた。

「……やっと落ち着いたな」
龍之介の低い声が、暗がりの中で響く。

美咲は小さく頷き、ブランケットを胸元まで引き寄せた。
隣に横たわる彼の存在が、ただそこにあるだけで安心感をもたらしてくれる。

言葉は少なくても、互いの鼓動と呼吸がすぐそばにある。
その距離に、満ち足りた静けさが広がっていった。

やがて、美咲のまぶたはゆるやかに閉じていく。
龍之介はその様子を横目に見ながら、そっと寝返りを打ち、彼女に背を向ける。
ふたりは言葉を交わさぬまま、同じ温もりを分かち合い、静かな夜に身を委ねていった。

夜半、虫の声だけが響く静かなテントの中。
美咲はふと目を覚まし、隣で眠る龍之介の横顔を見つめた。
寝息は深く穏やかで、その表情には日中には見られない安らぎが漂っている。

こんな顔をするんだ……。

胸がじんわりと温かくなる。
その気配に気づいたのか、龍之介がゆっくりと目を開けた。

「……どうした?」
低く掠れた声が、暗闇に溶ける。

「ちょっと目が覚めただけです」

美咲の答えに、龍之介は片眉を上げ、そして大きく両腕を広げた。
「……こっちにおいで」

その一言に、美咲の胸が跳ねる。
けれど迷うことなく、布団の中で身を寄せ、その腕の中に横たわった。
包み込むように抱き寄せられると、背中に広い掌の温もりが伝わる。
鼓動が重なり、夜の冷えた空気の中で二人だけが温もりを分け合っていた。

「……あったかい」
思わずこぼれた美咲の呟きに、龍之介の腕の力がさらに強くなる。
美咲は布団の中でゆっくりと体を反転させ、龍之介の広い胸に顔を埋めた。
鼓動がすぐそばで響き、耳に伝わるそのリズムは、不思議と心を落ち着かせる。

「……美咲」
囁きが頭上から降りてきて、髪に温かな息が触れる。

彼の腕がより強く背中を抱き寄せた。
大きな掌がゆるやかに上下へと撫で、まるで「ここにいればいい」と告げるようだった。

美咲は目を閉じた。
この胸の中なら、流されてもいいかもしれない。
そんな甘い予感が、夜の静けさの中で膨らんでいく。

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