秘めた恋は、焔よりも深く。
土曜日の夜、携帯が鳴った。
画面に「黒瀬龍之介」の名が浮かぶ。

「元気か?」

「はい。龍之介さんは?」

「うん、大丈夫だ。毎日うまいもん食わされてるしな」

冗談めかした声に、美咲はくすくすと笑った。
「それはよかったわね」

「今日は何してた?」

「実家に帰ったの」

「お義母さんは元気だった?」

「うん。あなたに会うのを楽しみにしているって」

「そうか」
電話越しに、彼の笑顔が浮かぶようだった。

少し間を置いて、美咲は言った。
「あ、明日なんだけど」

「うん、どうした?」

「夕食を茶道仲間と食べることになって。仲がいいメンバーの合同誕生日会なの」

「合同誕生日会?」
「普段なかなか集まれないから、年に4回に分けて誕生日会をするの。春生まれ、夏生まれ……で、今回は秋生まれ」

「へえ、面白いな。それで場所は?」

「カメリアホテルよ」

「改装したばっかだよな。楽しんで来いよ」

「うん、ありがとう」

龍之介は電話を切ったあと、にんまりと唇をゆがめた。
真樹の決断力が早いおかげか、それとも自分の段取りが功を奏したのかはわからない。
いずれにせよ、予定していた仕事が一日前倒しで片づくことになった。

日曜の夜便で帰国だ。

美咲には知らせない。
驚く顔が見たい。
その思いが胸の奥でじわりと熱を帯び、龍之介の目元にいたずらっぽい光が宿った。

日曜日の夜。
カメリアホテルの最上階にあるレストランは、改装後の華やかさと落ち着きを兼ね備えていた。
大きなガラス窓からは、きらめく街の灯がどこまでも広がり、まるで夜空の星を地上に降ろしたかのようなダイナミックな眺めが目に飛び込んでくる。

茶道仲間との食事は、久しぶりの再会もあって笑いが絶えなかった。
四季ごとの合同誕生日会は、誰にとっても特別なひとときだ。
美咲も笑顔を見せながら箸を進め、談笑に耳を傾ける。

それでも、心の奥は、ひとりの人のことばかりで満たされていた。
「明日、帰ってくる……」
胸の奥でその言葉を反芻するたびに、待ち遠しさが募る。
目の前の夜景さえも、龍之介に見せてやりたいと思うほどに。

食事を終え、仲間たちとともにエレベーターに乗り込み、一階のエントランスへ。
楽しい余韻のまま挨拶を交わそうとしたとき、美咲はふと耳に手をやり、はっとした。

「……あれ? 片方、ない」

イヤリングがひとつ、なくなっている。
慌ててバッグの中や足元を探すも見つからず、美咲は仲間に事情を話し、そこで別れることにした。

再びエレベーターに乗り、最上階へと戻る。
煌びやかな夜景に包まれたレストランへ戻ると、スタッフがすぐに対応してくれた。
数分後、にこやかな笑顔とともに差し出された掌に、見覚えのあるイヤリングが光っている。

「テーブルの下に落ちておりました」

安堵とともに深く礼を言い、胸の奥まで温かさが広がる。

レストランを後にした美咲は、ホテルのパウダールームに立ち寄った。
鏡に映る自分の耳元に、無事に戻ったイヤリングをそっと付けなおす。
ほっとした表情を浮かべながら、深呼吸をひとつ。

そのままエレベーターに乗り込み、閉まりかけた扉を背に安堵した瞬間。

「失礼」

低く響く声とともに、扉が再び開き、一人の男性が滑り込むようにして中へ入ってきた。
振り返った美咲の視線が、その人物に吸い寄せられる。
一歩、二歩と中に入ってきたのは、松田専務だった。

「……佐倉さん?」

不意を突かれ、美咲の心臓がどくんと跳ねる。
まさか、ここで彼と鉢合わせるとは思わなかった。

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