秘めた恋は、焔よりも深く。
ドアの鍵を閉めたあとも、美咲はしばらくその場から動けなかった。
無言の玄関。
明かりのついたリビングからこぼれる柔らかな光。
けれど、心の中にはまだ、彼の腕のぬくもりが残っていた。
(……抱きしめられた)
あれは、ほんの一瞬だったはずなのに。
身体の奥深くにまで、彼の気配がしみ込んでいる気がした。
スーツの肩口をそっと握る。
そこに彼の手が触れたわけではないのに、指先が熱を帯びていた。
(あんなふうに、誰かに抱きしめられたの、いつ以来だろう)
戸惑いと、安堵と、少しの心地よい混乱が胸の中で混ざり合う。
彼の腕は、ただ優しかった。
支配でも同情でもなく、「大丈夫だ」と静かに伝えるような、
不思議な包容力だった。
でも、彼は上司で、直属の関係者で。
あの人があんなことをした理由なんて、分かってる。
自分が取り乱していたから。
それだけ。
……それだけのはずなのに。
(……だめね、まだ落ち着かない)
ソファに座り込み、深く息をつく。
スマートフォンを無意識に手に取ると、
そこには新しく登録された名前があった。
「黒瀬龍之介(私用)」
画面を見つめたまま、まぶたが少しだけ震える。
何かが、静かに、確かに、動き出している。
(……あの人の腕の中で、どうしてあんなに安心したんだろう)
思考を止めようとしても、
胸のどこかが、熱を帯びたままだった。
湯船に肩まで浸かった瞬間、
美咲はようやく自分が深く呼吸をしていなかったことに気がついた。
(……ずっと、張りつめていたんだ)
浴室の天井から滴る水音。ほんのりと香るラベンダーの入浴剤。
それだけで、胸の奥に溜まっていたものが少しずつほどけていく。
目を閉じると、夜の出来事が一つずつ浮かび上がる。
恐怖もあった。驚きもあった。
でもいちばん最後に思い出すのは.......
(……黒瀬さんの腕の中)
あの一瞬のぬくもりが、心の底に灯のように残っている。
「……ふふ、変なの」
つい声がもれて、浴室に微かに反響する。
誰かに頼ることに慣れていなかった自分が、
あの人の前では何も言えなくなっていた。
(……でも、今夜は、眠れそう)
湯から上がり、柔らかいバスタオルに包まれて、
お気に入りのルームウェアに袖を通す。
ベッドに入ると、シーツが少し冷たかった。
でもそれも、なんだか心地よかった。
スマートフォンの画面を伏せたまま、明かりを消して、目を閉じる。
彼の声が、遠くから響くように思い出された。
「いつでも連絡してくれ」
(……きっと、しない。けれど)
けれど.......
もしまた、あの腕のぬくもりを思い出したら。
ほんの少しだけ、そう思った自分がいた。
深く息を吸って、静かに吐く。
まぶたが自然に重くなり、
久しぶりに“安心”の中で、ぐっすりと眠りへと落ちていった。
無言の玄関。
明かりのついたリビングからこぼれる柔らかな光。
けれど、心の中にはまだ、彼の腕のぬくもりが残っていた。
(……抱きしめられた)
あれは、ほんの一瞬だったはずなのに。
身体の奥深くにまで、彼の気配がしみ込んでいる気がした。
スーツの肩口をそっと握る。
そこに彼の手が触れたわけではないのに、指先が熱を帯びていた。
(あんなふうに、誰かに抱きしめられたの、いつ以来だろう)
戸惑いと、安堵と、少しの心地よい混乱が胸の中で混ざり合う。
彼の腕は、ただ優しかった。
支配でも同情でもなく、「大丈夫だ」と静かに伝えるような、
不思議な包容力だった。
でも、彼は上司で、直属の関係者で。
あの人があんなことをした理由なんて、分かってる。
自分が取り乱していたから。
それだけ。
……それだけのはずなのに。
(……だめね、まだ落ち着かない)
ソファに座り込み、深く息をつく。
スマートフォンを無意識に手に取ると、
そこには新しく登録された名前があった。
「黒瀬龍之介(私用)」
画面を見つめたまま、まぶたが少しだけ震える。
何かが、静かに、確かに、動き出している。
(……あの人の腕の中で、どうしてあんなに安心したんだろう)
思考を止めようとしても、
胸のどこかが、熱を帯びたままだった。
湯船に肩まで浸かった瞬間、
美咲はようやく自分が深く呼吸をしていなかったことに気がついた。
(……ずっと、張りつめていたんだ)
浴室の天井から滴る水音。ほんのりと香るラベンダーの入浴剤。
それだけで、胸の奥に溜まっていたものが少しずつほどけていく。
目を閉じると、夜の出来事が一つずつ浮かび上がる。
恐怖もあった。驚きもあった。
でもいちばん最後に思い出すのは.......
(……黒瀬さんの腕の中)
あの一瞬のぬくもりが、心の底に灯のように残っている。
「……ふふ、変なの」
つい声がもれて、浴室に微かに反響する。
誰かに頼ることに慣れていなかった自分が、
あの人の前では何も言えなくなっていた。
(……でも、今夜は、眠れそう)
湯から上がり、柔らかいバスタオルに包まれて、
お気に入りのルームウェアに袖を通す。
ベッドに入ると、シーツが少し冷たかった。
でもそれも、なんだか心地よかった。
スマートフォンの画面を伏せたまま、明かりを消して、目を閉じる。
彼の声が、遠くから響くように思い出された。
「いつでも連絡してくれ」
(……きっと、しない。けれど)
けれど.......
もしまた、あの腕のぬくもりを思い出したら。
ほんの少しだけ、そう思った自分がいた。
深く息を吸って、静かに吐く。
まぶたが自然に重くなり、
久しぶりに“安心”の中で、ぐっすりと眠りへと落ちていった。