秘めた恋は、焔よりも深く。
マンションの窓から見えるビルの灯りが、ゆっくりと滲んでいた。

革靴を脱ぎ、ネクタイをほどくと、龍之介は無言のままキッチンへ向かった。

棚から取り出したのは、常飲しているスコッチ。
重みのあるグラスに注ぎ、氷も入れず、そのまま静かに口をつける。
冷たくも熱くもない琥珀色の液体が、喉を通っていく。
いつもなら、この一杯が気持ちを切り替える“境界線”になるはずだった。

けれど、今夜は違った。

脳裏に、何度も何度も浮かんでは消える。
あのときの彼女の顔。
怯えて、強がって、それでも最後には、
自分にすべてを預けるように目を閉じた、美咲の表情。

(……部下に、あんな顔をさせたくなかった。それが理由だと思ってたけど……)

もう、そう言い訳するには無理があった。

「違う」

ぽつりと声が漏れる。

“あのとき自分が感じた怒り”も、“彼女の肩に手を伸ばした衝動”も、
全部が、自分の意思を超えていた。

(佐倉美咲に、俺は……)

グラスを置いた手が、かすかに震えた。
冷静沈着で通してきたこの男が、
初めて「理屈では説明のつかない感情」に、真正面から向き合っていた。

「厄介だな……本当に」

自嘲するように笑い、残ったウイスキーを一気に飲み干す。

それでも.......
グラスの底には、美咲の姿が焼きついたままだった。

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