秘めた恋は、焔よりも深く。
「佐倉さん、引っ越しするんだって……聞いたけど」
ウインナーコーヒーをひと口飲んだあと、龍之介がふと口にした。
声のトーンはあくまで穏やかで、さりげない。
「えっ……ああ、はい。賃貸のマンションが売却されることになって、通知が来たんです。180日以内に退去って」
「そうだったんだ」
龍之介の眉が、少しだけ寄る。
他意はないように見えて、その表情にはわずかな苛立ちのような影があった。
「まあ……ちょうど、そろそろ環境を変えてもいいかなって思っていたので」
美咲は、コーヒーを手に微笑む。
「今、いろいろ物件を見てるところなんです。ネットで探したり、実際に見に行ったり……」
「いいとこ、見つかりそう?」
「うーん、まだピンとくるのがなくて。でも、焦らず探そうかなって」
「そうか……。でも、なんかあったら言って。内装とか土地勘とか、ちょっとは役に立つかもしれないから」
「……黒瀬さん、引っ越しの経験、多いんですか?」
「仕事柄な。転勤や単身赴任を担当することもあったし、現地の物件を調べるのも仕事のひとつだった」
「へえ……」
その頼もしさに、思わず美咲は感嘆の息を漏らした。
けれど、心のどこかで、少しずつ広がる感情に自分でも戸惑い始めていた。
彼の存在が、今の自分の暮らしのなかで、
こんなふうに自然に寄り添ってくるとは…思っていなかったから。
「引越し先に求める条件、なに?」
龍之介の問いかけに、美咲は少し考えてから答えた。
「会社に近いこと。駅からあまり遠くないこと。買い物が便利な場所……それと、自然が近くにあると嬉しいです」
「自然?」
「はい。小さな川でもいいから、緑が見える場所。仕事で疲れた日とか、少し歩くだけでも気持ちが違う気がして」
美咲の声に、どこか柔らかい響きが宿っていた。
龍之介は、彼女のそういうところに、時折ドキッとしてしまう。
「あと……できれば、風通しが良くて、光が入る部屋。静かで、でもどこか“あたたかい”空間がいいな、って」
「……佐倉さんらしい」
「え?」
「なんとなく。ちゃんと“心で住む場所”を探してる感じがする」
「……」
思わず、美咲はコーヒーカップに視線を落とした。
そう言われたのは初めてだった。
「黒瀬さんは、引越すときに何を一番大事にしてましたか?」
「……今は、社長と同じマンションに住んでるんだ」
ふと、視線を外しながら龍之介は言った。
「仕事柄、すぐ動ける場所にいる方が都合がいい。だから選んだだけだった」
「……」
「でも最近は、それだけじゃ味気ないって思うようになってきた」
静かな言葉だったが、ふと、美咲の心の奥が揺れた。
美咲は、迷いながらも問いかけた。
「それは……どうしてですか?」
目を見つめることはできなかったけれど、その声には、微かな温度があった。
美咲の問いに、龍之介は一瞬だけ視線を泳がせた。返事をするまでに、少し間が空いた。
「……どうしてだろうな」
ゆっくりとそう言って、かすかに笑う。
「自分でも、よくわからないんだ。ただ……最近は、ひとりでいるのが、少しだけ.....静かすぎるように感じることがある」
それは、彼にとって初めての“心の音”だったのかもしれない。
「じゃ、そろそろ帰ります」
立ち上がろうとした美咲に、龍之介がふと声をかけた。
「……飯、食う時間はあるか?」
その声は低く落ち着いていて、でもどこか迷いが滲んでいた。
美咲は一瞬だけ戸惑ってから、小さく笑った。
「……はい。まだ、少しなら」
ウインナーコーヒーをひと口飲んだあと、龍之介がふと口にした。
声のトーンはあくまで穏やかで、さりげない。
「えっ……ああ、はい。賃貸のマンションが売却されることになって、通知が来たんです。180日以内に退去って」
「そうだったんだ」
龍之介の眉が、少しだけ寄る。
他意はないように見えて、その表情にはわずかな苛立ちのような影があった。
「まあ……ちょうど、そろそろ環境を変えてもいいかなって思っていたので」
美咲は、コーヒーを手に微笑む。
「今、いろいろ物件を見てるところなんです。ネットで探したり、実際に見に行ったり……」
「いいとこ、見つかりそう?」
「うーん、まだピンとくるのがなくて。でも、焦らず探そうかなって」
「そうか……。でも、なんかあったら言って。内装とか土地勘とか、ちょっとは役に立つかもしれないから」
「……黒瀬さん、引っ越しの経験、多いんですか?」
「仕事柄な。転勤や単身赴任を担当することもあったし、現地の物件を調べるのも仕事のひとつだった」
「へえ……」
その頼もしさに、思わず美咲は感嘆の息を漏らした。
けれど、心のどこかで、少しずつ広がる感情に自分でも戸惑い始めていた。
彼の存在が、今の自分の暮らしのなかで、
こんなふうに自然に寄り添ってくるとは…思っていなかったから。
「引越し先に求める条件、なに?」
龍之介の問いかけに、美咲は少し考えてから答えた。
「会社に近いこと。駅からあまり遠くないこと。買い物が便利な場所……それと、自然が近くにあると嬉しいです」
「自然?」
「はい。小さな川でもいいから、緑が見える場所。仕事で疲れた日とか、少し歩くだけでも気持ちが違う気がして」
美咲の声に、どこか柔らかい響きが宿っていた。
龍之介は、彼女のそういうところに、時折ドキッとしてしまう。
「あと……できれば、風通しが良くて、光が入る部屋。静かで、でもどこか“あたたかい”空間がいいな、って」
「……佐倉さんらしい」
「え?」
「なんとなく。ちゃんと“心で住む場所”を探してる感じがする」
「……」
思わず、美咲はコーヒーカップに視線を落とした。
そう言われたのは初めてだった。
「黒瀬さんは、引越すときに何を一番大事にしてましたか?」
「……今は、社長と同じマンションに住んでるんだ」
ふと、視線を外しながら龍之介は言った。
「仕事柄、すぐ動ける場所にいる方が都合がいい。だから選んだだけだった」
「……」
「でも最近は、それだけじゃ味気ないって思うようになってきた」
静かな言葉だったが、ふと、美咲の心の奥が揺れた。
美咲は、迷いながらも問いかけた。
「それは……どうしてですか?」
目を見つめることはできなかったけれど、その声には、微かな温度があった。
美咲の問いに、龍之介は一瞬だけ視線を泳がせた。返事をするまでに、少し間が空いた。
「……どうしてだろうな」
ゆっくりとそう言って、かすかに笑う。
「自分でも、よくわからないんだ。ただ……最近は、ひとりでいるのが、少しだけ.....静かすぎるように感じることがある」
それは、彼にとって初めての“心の音”だったのかもしれない。
「じゃ、そろそろ帰ります」
立ち上がろうとした美咲に、龍之介がふと声をかけた。
「……飯、食う時間はあるか?」
その声は低く落ち着いていて、でもどこか迷いが滲んでいた。
美咲は一瞬だけ戸惑ってから、小さく笑った。
「……はい。まだ、少しなら」