秘めた恋は、焔よりも深く。
静かにベッドから起き上がる。
窓の外は、晴れている。
今日も忙しい一日が始まるはずなのに、胸の奥には、なぜか穏やかな光が差していた。

朝の光が、ゆっくりと部屋を染めていく。
ブラインド越しに差し込む陽が、グレーの壁を柔らかく照らしていた。

珈琲の香りが立ち上がる。
龍之介は、マグカップを手にリビングのソファに腰を下ろし、静かにひと口すする。

昨夜のことが、ふと脳裏によみがえった。

ラーメン屋で、偶然出会った彼女。
カウンターに並んで、餃子を分け合って……
その笑顔が、妙に胸に残っている。

(佐倉さん、よく笑ってたな)

決して華やかな夜じゃなかった。
派手な店でも、高級な料理でもない。
けれど、心に残っているのは、あの二人の時間だった。

内覧に来たと言っていた。
あのあたりに引っ越すかもしれない。

(もし、近くに住むようになったら……)

思い浮かべたのは、ごく日常の風景だ。
同じバス停に立つ姿。
偶然、コンビニの棚の前で出会う姿。
「おはよう」とか「お疲れさま」とか、ただの挨拶を交わせる日々。

ほんの少し想像するだけで、なぜか胸があたたかくなる。

(……バカだな、俺)

自嘲のように笑いながらも、否定できなかった。
気づけば、自分の中に彼女の存在が、静かに入り込んでいる。

「味気ない」なんて言っていたこの部屋の空気が、
今朝は少しだけやわらかく感じるのは.......

……きっと、昨夜、彼女と過ごした時間のせいだ。



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