秘めた恋は、焔よりも深く。
専務は視線を彼女から外さず、穏やかな声を続けた。
「思えば、マンションの内覧でもお会いしましたし、華道の展示会でもご一緒しましたね。
……そして今夜もこうして偶然お会いできた。」

ほんのわずかに口元が緩み、その表情には嬉しさが隠しきれない色が差す。
「不思議ですね。こんなふうに、またお会いできるなんて。」

美咲は一瞬だけ言葉を失い、グラスの中の氷をゆっくり回した。
偶然――そう呼ぶには、あまりにも回数が重なっている気がして。

専務はグラスを口元に運び、淡い琥珀色の液体を一口含むと、静かに置いた。
「……もしかすると、次もあるかもしれませんね。」

「次……ですか?」

「ええ。こういう偶然が、三度目、四度目と重なっていくうちに……
それはもう、偶然ではなくなる。」
低く抑えた声が、妙に耳に残る。

美咲は表情を変えずにグラスを唇に運んだが、内心では小さなざわめきが広がっていた。
(偶然じゃなくなる……?)

専務は視線を逸らさず、柔らかい笑みを保ったまま言葉を継いだ。
「そのときは、またこうして……あなたと話をしたい。」

金曜の夜、ラウンジの静謐な空気の中で交わされたその一言は、
美咲の胸に、微かな緊張と戸惑いを残した。
美咲はグラスを置き、ふと専務に視線を向けた。
「そういえば……お嬢さんの綾香さんは、お元気ですか?」

専務の表情が一瞬だけ和らぐ。
「ああ、元気にしていますよ。相変わらずマイペースでね。」

「もう高校三年生でしたよね?」

「そうだ。受験生だが、本人はあまり焦っていないようで。……むしろ私のほうが落ち着かないくらいだ。」
専務は小さく息をつき、わずかに目を細めた。
「家では強気なことを言っても、たまに見せる子どもっぽい一面が……まあ、親としては悪くない。」
その穏やかな口調から、仕事中には見せない父親としての顔が垣間見える。

「きっと、専務のように落ち着いた方だから……お嬢さんも安心しているんでしょうね。」

「そう思いたいところだが……実際は『お父さん、また同じネクタイ?』なんて言われるくらいだよ。」

美咲は思わず吹き出した。
「そんなことを言うんですか?」

「ええ。『もう少し色味を選んだら?』とまで言われた。」
専務は肩をすくめつつも、どこか嬉しそうだ。

「でも……きっと気にしてる時点で、専務は優しいお父さんなんだと思います。」

「そうかな。まあ、彼女が選んだネクタイをして出社した日、部下に“今日は攻めてますね”と言われて困ったこともある。」

二人の間に、小さな笑いがこぼれた。
ラウンジの柔らかな空気が、少しだけ和やかに変わっていく。
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